イタリア写真草子 ウンブリア在住、日本語教師のイタリア暮らし・旅・語学だより。

母と娘 写真 アントネッラ・マルツァーノ 俳句・伊訳 石井直子〜イタリア 女性写真展から

 日々の暮らしの中の小さなことに幸せを見出せる女性、過疎化が進む島で今も昔のように伝統のレース編みを作り続ける女性、かつて生を産み司る神とされていた女性。9人の女性写真家がそれぞれ、女性をとらえて撮影した一人5枚の写真は、主題も作風もさまざまです。12月29日まで、トラジメーノ湖畔の博物館で開催中の女性写真展、Donna vede Donna 「女が見る女」では、こうした写真家たちの作品に、5人の女性が詩を添えています。この記事では、わたしが担当したもう一人の写真家、アントネッラ・マルツァーノ(Antonella Marzano)の作品、Madri e Figlieと、わたしが写真に添えた俳句・イタリア語訳をご紹介します。


母と娘  写真 アントネッラ・マルツァーノ 俳句・イタリア語訳 石井直子


 アントネッラ・マルツァーノが、この作品、「母と娘」を通して語っているのは、女性同士の親子関係という特別でかけがえのない絆、女性の世界ならではの絆における経験です。モデルは皆、プロではありませんが、本当の母と娘です。作者は、幼少期から老年期まで、年を経て変わりゆく母と娘の関係を描き、写真を通して、愛情や理解、安心感や信頼、親密さといった思いを、見る人に伝えようとしています。

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人形を抱くも母恋し夏の午後

in braccio la bambola,
manca la mamma nel meriggio d’estate



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心はしゃぐ葉柳の岸に母と遊べば

quanto felice con la mamma al lago,
anche il salice non piange ma balla



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緑茂る母と娘を分かつ垣根も

cresce il verde, cresce la figlia,
e anche la siepe che la separa dalla madre



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水遊び今は大人となりし娘と

riflessi sull’acqua i sorrisi
di me e mia figlia ora cresciuta



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子とめくる古きアルバム秋の夜長に

nostalgia e ricordi ora ci accomunano
nell’autunno della nostra vita




 歳を経て変わりゆく母と娘の関係を、それぞれの段階において端的に表現するための1枚を、表情や二人の位置、視線の向く方向、背景となるトラジメーノ湖などを考慮して決め、流れを持たせ、色や被写体との距離などにも変化を与えて、巧みに母と娘二人の人生を、それぞれの感情や絆の在り方と共に、語っているのではないかと思います。

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 わたしの参考になるようにと、作者が一枚一枚の写真に添えていた言葉を踏まえて、俳句を作りました。「お母さんごっこをして遊ぶ幼年期、無邪気に過ごす少女時代、隔たりが生じる思春期、友達のような関係の成年期、共に思い出をふり返る熟年期。」起承転結の転に当たるのが思春期であることからも、幼年期と少女時代の俳句については「娘」、成年期と熟年期については「母」を語り手とし、思春期については、第三者からの視点で詠むことにしました。

 アントネッラ・マルツァーノの写真についてはまた、洋服やトラジメーノ湖の風景に季節感があることもあり、季節が明らかではない句も含めて、すべて季語のある俳句とすることにしました。少女時代の写真の俳句で、柳は春の季語なのでどうしようと迷ったことについては、以前の記事ですでに言及しています。思春期の写真の俳句は、「緑茂る母と娘を分かつ垣根も」ですが、イタリア語訳は直訳すると、「緑が育ち、娘が育ち、娘を母から隔てる垣根も育つ」となります。リズム感を出すために、「育つ」(crescere、cresceは主語が直説法現在の三人称単数のときの活用形)という動詞を、「緑」と「娘」の両方を主語として繰り返しています。

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Da sinistra Antonella Piselli, Naoko Ishii, Antonella Marzano 29/11/2019

 写真展でわたしが俳句を担当した二人のアントネッラが、モデルなど、展覧会のために協力した人を招いての夕食会が今夜あり、わたしも夫と共に参加しました。わたしの右に写っているのが、この記事でご紹介した「母と娘」を撮影した写真家、アントネッラ・マルツァーノで、わたしの左に、「女性が神であったとき」のアントネッラ・ピゼッリがいます。今夜の夕食会について詳しくは、またの機会にご紹介できればと考えています。

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Ecco qui nell'articolo "Madri e Figlie", le opere di Antonella Marzano, tutte le cinque fotografie e i miei haiku composti per esse per la mostra, Donna vede Donna.
MADRI E FIGLIE
Fotografie di Antonella Marzano Haiku e traduzione Naoko Ishii
"Antonella Marzano con Madri e Figlie sviluppa, attraverso cinque scatti, il proprio racconto fotografico sull'esperienza filiale femminile durante questo speciale e unico rapporto che appartiene profondamente al mondo delle donne.
Le modelle non sono delle professioniste ma vere figlie e madri che hanno donato la propria immagine a questo progetto, credendoci.
Affetto, comprensione, complicità, sicurezza, attenzione, protezione, fierezza, intuizione, supporto, confidenza, ... sono caratteristiche e stati d'animo che Antonella vuol trasmettere con sentimento a chi osserva le sue foto.
Modelle:
Matilde Bacuccoli, Iris Gianangeli e Sonia Governatori, Viola Vallone ed Elisabetta Bricca, Giulia De Filippi e Silvia Cardinali, Brunella Marioli e Dina Bonelli
Luoghi:
Mercatello (Marsciano) e Lago Trasimeno (Torricella, San Vito, Passignano s/T, Tuoro s/T)"
↑ citato dal pannello illustrativo della mostra
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関連記事へのリンク / Link agli articoli correlati
- イタリア 女性による女性の写真展、参加するわたしの俳句もご紹介 / Donna vede Donna. L'articolo ampliato con le fotografie anche di altre quattro fotografe e i miei haiku (20/11/2019)
- 女性写真展 「女を見る女」 地域・世界へ、ハフポスト日本版に掲載していただきました / Mostra Donna vede Donna su HuffPost Japan (22/11/2019)
- 女性が神であったとき 写真 アントネッラ・ピゼッリ 俳句・伊訳 石井直子 / "Quando le donne erano Dee" fotografie di Antonella Piselli & haiku e traduzione di Naoko Ishii (25/11/2019)

Articolo scritto da Naoko Ishii

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Commented by haikutarou at 2019-11-30 10:04
お早うございます。

いいですね!!
季語が生かされて、余韻があって・・・
素晴らしいです。
「季語」と「余韻」が俳句の命です。
散文にすれば原稿用紙一枚は使えそうな情景を
世界最小の17音の誌です。
仲間の皆さんにも喜ばれた事でしょう。

さすがに日本語の先生文法もきちんと押さえて鬼金棒ですね。
私の泣き所は文法です。
ことに、文語の文法はお手上げ状態です。
Commented by 3841arischan at 2019-11-30 10:17
なおこさん、素敵な翻訳のお仕事をされましたね~♡
写真家の作品も、こころあたたまるものばかりで、良い感じです(*^_^*)
日本では、国語の先生だったなおこさんらしい、知性あふれる翻訳も素晴らしいです(^_-)-☆
Commented by Tsugumi at 2019-12-01 06:47 x
初めまして。
素敵な写真、そして美しい俳句に惚れ惚れと見入ってしまいました。
俳句、、、今娘が一生懸命勉強しておりますが、本当に日本らしい素敵な産物ですよね。
イタリア語訳も素敵です。
あまりの感動についついコメントをさせて頂きました。
突然で不躾となりましたらお許しくださいませ。
Commented by nonkonogoro at 2019-12-01 08:28
素敵な企画に参加されたのですね。
どのお写真も 奥深い感じがして いいですね。
高齢の母娘さんのお写真が 一番印象に残りました。自分と母の姿を重ねているのかもしれません。
母も写真を眺めるのが大好きで よく二人で 昔の写真や
最近のを一緒に眺めて楽しんでいます。
写真と俳句のコラボも いいですね。
Commented by ciao66 at 2019-12-01 20:45
思わずにっこりするような雰囲気の2枚目の写真が好みです。母娘の楽しそうな雰囲気が伝わる俳句も素晴らしく、このような俳句+写真の試みがこれをきっかけに広がればいいですね。
Commented by milletti_naoko at 2019-12-02 03:12
金太郎さん、こんばんは。日々、そして何年も、先生やお仲間と俳句作りに励まれている金太郎さんに、そんなにほめていただいたら、ありがたくうれしいと同時に、どこかに穴を掘って入らないと恐れ多いような気持ちです。ありがとうございます。古典の和歌や俳諧に魅かれる気持ちは大きいものの、短歌や俳句は、鑑賞したり教えたりするばかりなので、わたしが引き受けていいのかなと思いつつ、与えられた時間の中で、自分なりに精いっぱい考えはしましたので、温かいお言葉、とてもうれしいです。

写真と相補い合い、写真が伝えようとする心をできるだけ表現できればと考えました。写真家の二人、俳句とイタリア語訳にもですが、ブログやハフポスト日本版の記事での紹介もとても喜んでくれて、わたしの方こそ、写真を紹介する許可を快く与えてもらえて、ありがたいなあと思っています。

文語の文法も、やはり俳句では大切になってくるんですね。楽しく学べる文語文法のような記事もいつか少しずつ書けたらと思うだけは思っているのですが、さていつになることやら。もし金太郎さんが特に苦手とされている助動詞や係り結びなどの文法事項があったら、いつか機会があったときに教えてくださいませ。受験生諸君の助けにもなる記事が、ひょっとしたら書けるかもしれません。古典がとても好きだった上、教え始めた頃に熱心に教えてくださる先輩の先生方に恵まれて、文法のためではなく、作品の心情や情景をより理解して、鑑賞して楽しめるための文法として教えることを学ぶことができましたので、それは外国語としての日本語やイタリア語を教えるときにも応用しているのですが、忘れてしまわないうちに、形にしておくとお役に立つ機会もあるかなと感じています。
Commented by milletti_naoko at 2019-12-02 03:20
アリスさん、ありがとうございます。様々な年代における母と娘の関係や互いの思いを、トラジメーノ湖の美しい風景を背景にとらえたすてきな作品だなと思います。俳句を詠んだのは高校生以来だったので、知恵をしぼって頑張りました。翻訳というよりは、実は同じ心を、イタリア語自体でもリズムがあって何か心に訴えるような言葉で表現しようと工夫してみました。長い間考えあぐね、何度も書き直したので、締め切りがあって、かえって助かりました。
Commented by milletti_naoko at 2019-12-02 04:58
Tsugumiさん、はじめまして。不躾だなんてとんでもありません。温かいコメントをありがとうございます。そんなにも心を動かしてくださったと知って、うれしいです。

Tsugumiさんとnonさんのコメントを拝読して、アントネッラの作品は、心を深いところで揺さぶる力を持っているのだなと、改めて感じました。母と娘の関係にある普遍性のようなものをとらえているので、皆さんご自身の今のお嬢さんやお母さまとの関係を、写真を見ながら、つい重ねさせる、そういう力があるように思います。
Commented by milletti_naoko at 2019-12-02 05:01
のんさん、ありがとうございます。様々な母と娘の関係があり、時を経て移り変わっていくのだけれど、それぞれの時期の何か本質的、普遍的なものを表す写真なので、ご覧になるのんさんたちが、ご自分たちの娘として、母としての関係を思わず重ねられるのでしょうね。そうやって写真を共にお母さまと眺められるときがあるのですね。のんさんはもちろん、きっとお母さまにとっても楽しいときであることでしょう。
Commented by milletti_naoko at 2019-12-02 05:16
ciao66さん、ありがとうございます。それぞれの写真にそれぞれの魅力があるのですが、わたしも個人的には、2枚目の写真が好きです。揺れる青柳に日の光に美しい湖、心軽やかな母と娘。

本当に、少しでも俳句に興味を持つ方が増えてくれるといいのですが。
by milletti_naoko | 2019-11-30 09:16 | Donna vede Donna | Comments(10)