イタリア写真草子 Fotoblog da Perugia ウンブリア在住、日本語教師のイタリア暮らし・旅・語学だより。

独裁者になるな 政権を独裁者に委ねるな、森村泰昌映画 フォリンニョ

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 今朝、日本語能力試験の上級、N1合格を目指す若者の授業で、「裁」という漢字が出てきたので、「裁判」や「独裁」という語彙を教えたとき、それぞれ、「裁判官と弁護士がいて…」、「権力や政治を独占して…」とイタリア語で説明しながら、該当する日本語のprocessoとdittaturaという言葉がすぐに出てこないので焦りました。イタリア語で何と言うかは知っていたし、知っているのを知っていたので、辞書で調べたりはしていなかったのですが、そのときは、若者が言葉を言ってくれるまで、自分では思い出せずにいました。

 年のせいか、夫と話していても、最近は、日本語に訳すと「あれを取ってちょうだい」となるのでしょうか、思い出せない言葉があるときに、「la cosa」(あのもの、あのこと)で代用してしまうことが多いようで、夫にきちんと物の名前を言うように言われます。そういう夫自身、実は「あれを…」と言うことが多いので、そもそも、こういう用法は他の人が使うのを見聞きした覚えがないので、夫の癖がわたしにもうつったのではないかと思います。ともあれ、記憶力を維持するためにも、きちんと物の名前を言うように、心がけたいとは考えています。

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Foligno (PG) 24/1/2015

 閑話休題。授業中は、さらに「独裁者」の例としてヒトラーの名を挙げたりしたのですが、話をしながら思い出して、語彙増強と定着のためにも、後でリンクを送って、若者に読んでもらおうと思った過去のブログ記事がありました。

 5年前、ウンブリアの町、フォリンニョに、日本の写真家、森山大道氏の展覧会を見に行くと、会場で日本・アジアの現代芸術家の短編映画が上映されていたのですが、その中に、森村泰昌氏の『なにものかへのレクイエム(独裁者を笑え)』という作品があり、

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Dal filmato di Yasumasa Morimura, “A Requiem: Laugh at the Dictator”

その作品で語られる「独裁者」の定義と伝えられるメッセージに感銘を受けたのを、覚えていたからです。映像で聞いた日本語の言葉は覚えていないのですが、壁に貼られた説明に、そのイタリア語訳がありました。

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 若者にリンクを送る前に、自分でも当時の記事を読み返してみると、まさに今のイタリアや日本の社会、政治的状況を言っているのではないかと思われさえする言葉があり、また、自らが心に刻むと同時に、多くの方にぜひ読んでいただくべき内容だとも思いましたので、以下に、当時の記事に記したわたしの日本語訳とそのときの思いを引用します。

〜「独裁者になりうるのは、一国家や、一個人だけではありません。
流行や科学技術、多国籍企業、そして、自らがよりよく生き、世を渡っていくために、
たとえ間接的にであっても、他人を利用するすべてのもの、すべての人が、
独裁者になってしまう可能性があるのです。」
「わたしも独裁者、あなた方も独裁者です。
21世紀の独裁者は、悪人の面構えはしていません。
21世紀の独裁者は、幽霊のようなもので、だれも目で見ることができません。
わたしは独裁者ではありたくない。」
(以上二つは、上のイタリア語の説明に引用されたセリフを、わたしが訳したものです。)

 自らの利益さえ上がればよいと、環境の破壊や地域住民の命の安全を無視する企業、私利私欲のために、民の痛みが分からず、民の声を聴かず、突っ走る政治家たち。日本でも、イタリアでも、そうして世界でも、目に見えにくい独裁者を見きわめ、そうして一人ひとりの人々が自らの心に問いかけ、だれかや何かにとってだけ都合のいい世の中ではなく、皆が暮らしやすい世界を築き上げていきたいものです。(引用終わり)〜

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 国においても、日々の暮らしにおいても、カントも言うように、人を己の何かの目的のための手段として利用することなく、自らの利益や保身、安泰のために駒とすることなく、人の命や心、幸せを思って行動するべきだと思いますし、人のために政治をする為政者をこを選ばなければいけないと、痛切に感じています。

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 自分の写真もということで、この展覧会があった日に、フォリンニョの町で撮影した写真も、最後に添えておきます。
 
 展覧会が1月25日までだったので、その前日、1月24日土曜日にフォリンニョに行き、大聖堂を訪ねようとすると、教会から旗を掲げた人々が次々に出てきます。

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 外に出る人の列がとぎれてから、中に入って初めて、その日が、ちょうど町の守護聖人、聖フェリチャーノ(San Feliciano)が殉教した日で、その記念のミサが終わったばかりであることを知りました。

 古代ローマ時代に、数十年間フォリンニョで司教を務め、紀元3世紀半ばに殉教の死を遂げた聖フェリチャーノの像の前に、口づけをしようとする人々が大勢並んでいました。

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Cattedrale di San Feliciano, Foligno (PG)


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Cerchiamo di riconoscere i dittatori e costruire un mondo migliore dove tutti vivono in pace senza sfruttare nessuno.
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Yasumasa Morimura,"A Requiem: Laugh at the Dictator" (2007): "Uno stato, non solo un individuo può diventare dittatore" e "possono trasformarsi in dittature le mode, le tecnologie, le multinazionali e tutti coloro che per vivere meglio sfruttano, anche indirettamente, altre persone." "Sono un dittatore anch'io. Siete dittatori anche voi. Il dittatore del XXI secolo è un fantasma che nessuno riesce a vedere. Non voglio essere un dittatore."
@Mostra presso il Centro italiano arte contemporanea, Foligno (PG) 24/1/2015
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関連記事へのリンク / Link agli articoli correlati
- 21世紀の独裁者 / Dittatore del XXI secolo (26/1/2015)
- 誘惑が多い睦月のウンブリア / Dolci di Carnevale & Festa di San Feliciano a Foligno (25/1/2015)

Articolo scritto da Naoko Ishii

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Commented by u831203 at 2020-02-14 11:00
イタリアで独裁者といえば、ムッソリーニだと思いますが、
ヒットラーが例に出てくる? ムッソリーニに触れてはいけないというタブーでもあるのでしょうか それともイタリアでは英雄? んなことはないでしょうが、ちょっと気になっただけです 他意はありません masa
Commented by milletti_naoko at 2020-02-15 22:49
masaさん、このときは、「独裁」や「独裁者」という言葉の意味を推測させるための手がかりとして、ヒトラーを出したので、ムッソリーニの場合は、イタリアではしたことや定義が多岐にわたるために、ヒトラーほどは「=独裁者」という連想が簡単ではないために、言及しなかっただけで、ムッソリーニが独裁者であったことは公的に認められ、その罪もイタリアでは然るべく非難されています。
by milletti_naoko | 2020-02-14 08:46 | Umbria | Trackback | Comments(2)