イタリア写真草子 ウンブリア在住、日本語教師のイタリア暮らし・旅・語学だより。

第18号(1)「ダンテ『神曲』の冒頭を読む1」

第18号(1)「ダンテ『神曲』の冒頭を読む1」_f0234936_7522486.jpg
1 ダンテ『神曲』の冒頭を読む1

"Nel mezzo del cammin di nostra vita
mi ritrovai per una selva oscura,
ché la diritta via era smarrita.
Ahi quanto a dir qual era è cosa dura
esta selva selvaggia e aspra e forte
che nel pensier rinova la paura! "

 これはイタリアの主要な文学作品、『神曲』の冒頭部分です。最初にご自分で何度か読み返して、「語り手(主人公)の年齢、どんな状況に身を置いていたのか、今その経験を振り返るとどんな気持ちがよみがえってくるのか」を考えてみてください。

 語り手の年齢は1行目、身を置いていた状況については2~3行目、現在の気持ちについては4~6行目(特に最後の1語に注目)に書かれています。自分がすでに知っている言葉を手がかりに頭を働かせてみましょう。

 それでは、1行ずつ語句と表現を見ていきましょう。「今はお盆で忙しくて時間がない!」、「まだ自分には難しすぎる」という方は、次の******で囲まれた語句解説の部分を飛ばして、とりあえず二つ目の*****以降に書いてある作品の紹介だけ読んでみてください。

第18号(1)「ダンテ『神曲』の冒頭を読む1」_f0234936_5224177.jpg
Bosco del Sasseto, Acquapendente (VT) 24/3/2018


********************************************************************************************************************************
Nel mezzo del cammin di nostra vita
 nostra vitaは「私たちの人生」。camminoは男性名詞で「徒歩、歩み、道のり」を意味し、動詞はcamminare(歩く)です。日本語でも「人生の歩み」という言い方をしますよね。
 mezzoはここでは名詞。「半分、中央、半ば」という意味です。日常生活では、時間を表す表現としてよく使われます。"Sono le tre e mezzo."は「(今)3時半です。」という意味ですが、「時間」を表すoraが女性名詞なので"Sono le tre e mezza." とmezzaを使う人もたくさんいます。皆さんもご存じのmezzogiorno(正午)、mezzanotte(真夜中)、mezzosoprano(メッゾソプラノ)といった言葉は、それぞれこのmezzo (mezza)が他の名詞giorno(1日、昼間)、 notte (夜)やsoprano(ソプラノ)と組み合わさってできた言葉です。形容詞も同形のmezzoで、「半分の、中間の」という意味です。たとえばレストランで"Da bere?"(飲み物は何になさいますか)と聞かれたときに、"Mezzo litro di vino rosso, per favore."(半リットル[つまり0,5リットル]の赤ワインをお願いします)と言って注文することができます。ちなみに「中年」をイタリア語ではmezza etàと言います。

mi ritrovai per una selva oscura,
"mi ritrovai"は再帰動詞ritrovarsi (気がつくと~にいる)の遠過去で、主語が私(io)の時の動詞形です。selvaは「森、森林」、形容詞oscuroは「暗い」という意味です。

第18号(1)「ダンテ『神曲』の冒頭を読む1」_f0234936_683520.jpg

ché la diritta via era smarrita.
 このchéは雅語で詩などの文学作品で使われ、perché(なぜなら)の語頭音節per-が脱落した形です。viaは「道、通り」で、イタリアの住居表示や地図に欠かせない言葉です。たとえば以前私が住んでいたペルージャの中心街に近いアパートの住所はVia Cantamerlo, 16(カンタメルロ通り16番地)でした。通りの名前は「ツグミ(merlo)が歌う」と風情にあふれていたのですが、ツグミの鳴き声を聞く機会は現在住んでいるペルージャ郊外の方がずっと多いです。dirittoはここでは形容詞で「まっすぐな、正しい」。smarritoは過去分詞で「紛失した、見失われた」。小学館『伊和中辞典』にはufficio oggetti smarriti(遺失物保管所[係])という用例があります。日本と違ってイタリアでは置き忘れたものに巡りあえる可能性が低いのですが、美術館やバスで何かを紛失したときのために言葉を覚えておいてください。6年前ペルージャ市内を走るバスの中に財布や家の鍵が入ったポシェットを置き忘れたことがあるのですが、バス会社の遺失物保管係に電話したら、幸いなことに親切な方が届けてくださっていました。逆に、5年前に夫と日本に帰国した際、イタリアに戻ってきて安心したのか夫がローマのティブルティーナ駅の公衆トイレにほんの数分だけ財布・パスポート・運転免許証・身分証明書などがすべて入ったかばんを置き忘れ、すぐに気づいてトイレに戻ったのに見つからなかった、ということもありました。ローマで駅の警察に尋ね、ペルージャでも警察に届け出たのに、二度と見つかりませんでした。

Ahi quanto a dir qual era è cosa dura
 この部分についてはこの冒頭部分を引用した本(下記、参考図書の1冊目)に次の注釈があります。
"Ahimè, quanto è difficile, penoso, descrivere nella sua qualità, natura. "
「ああ、どんなにその性質、特性を言葉で表現するのが難しく、骨が折れることか」

esta selva selvaggia e aspra e forte
 estaはかつて使われていた「この」という意味の指示形容詞ですが、現代イタリア語では、単数の男性名詞の前ではquestoという言葉を使い、これが単数の女性名詞の前にくるとquestaという形をとります。スペイン語ではイタリア語のquesto/questaに当たる言葉を現代でもesto/estaと言うため、スペイン語圏の人がイタリア語を話しているのを聞くと、questaの代わりにestaと言っていることがあります。  
 selvaggio、asproはここではどちらも「荒れ果てた、人跡未踏の」の意味で、forteについては引用した本の注釈に"disagevole ad attraversarsi"(通り抜けるのが困難な)とあります。

ché nel pensier rinova la paura!
 pensieroは名詞で「考え、気持ち」、動詞はもちろんpensare(考える、思う)です。pauraは「恐れ、恐怖」。とても怖い思いをしたときには"Che paura!"(ああ、怖い/怖かった!)と言うことができます。rinovareは動詞rinnovareの古形で、かつては自動詞で「繰り返される、再び始まる」という意味で使われていました。

 さて、言葉や表現が分かったところで、下記の訳を見る前にもう一度冒頭部分に戻って、最初の三つの問いに答えるつもりで、何度か読んで考えてみてください。 

 自分なりに、冒頭部分での語り手の年齢や置かれた状況、気持ちが推察できましたか。それでは、続きをお読みください。

********************************************************************************************************************************

"Nel mezzo del cammin di nostra vita
mi ritrovai per una selva oscura,
ché la diritta via era smarrita.
Ahi quanto a dir qual era è cosa dura
esta selva selvaggia e aspra e forte
che nel pensier rinova la paura! "

「人生の歩みの半ばで
 気づくと、私は暗い森の中をさまよっていた。
 正しい道を見失ってしまったのだ。
 ああ、この荒れ果て通り抜け難い森について語るのがいかに難しいことか。
 考えただけでも恐怖がよみがえってくる!」 (石井訳。以下の「 」内も同様。)

 暗い森(selva oscura)は、暗澹とした森そのものと共に、倫理的に正しい道から逸脱してしまった「罪深い」主人公の状況、精神的な暗闇、苦悩をも表しています。

 イタリアの2ユーロの硬貨には、気難しい表情をし、月桂冠を頭に載せた男性の頭部が刻印されています。その名はダンテ・アリギエーリ、偉大な詩人であり思想家で、イタリア文学のみならずイタリア語の歴史においても大きな功績と足跡を残しています。

第18号(1)「ダンテ『神曲』の冒頭を読む1」_f0234936_7522486.jpg
Duomo di Firenze, Firenze 19/10/2013

 最初に引用した数行は、このダンテ・アリギエーリ(Dante Alighieri、1265-1321)の傑作、 『神曲』(Commedia)の冒頭部分です。当時「人生は70年」と考えられていたので、人生の半ばに当たるのは「35歳」でしたが、ダンテが35歳を迎えたのは、ちょうど聖年(Giubileo)であった 1300年でした。人生の盛りで世俗的な誘惑が多い年頃ですが、誘惑に負けてばかりいては罪深い人生を送って、死後は地獄へ赴くことになります。ですから、「人生の歩みの半ば」は自分の人生や生き方を省みる機会でもあります。

 実際にダンテが『神曲』の執筆を始めたのは1300年よりも数年あとだと言われています。けれども、1300年が、後悔し祈りを捧げることによって罪を贖えるとされる聖年であり、かつダンテ自身が人生の半ば、35歳を迎えた年であったために、この聖年に起こったできごととして語っているのだろうと考えられています。主人公が作者ダンテ自身であることは、先を読んでいくと明記されています。

 さて、詩人はやがて恐ろしい森の中で三匹の猛獣に出くわします。ユキヒョウ(lonza)、 ライオン(leone)、雌オオカミ(lupa)。この3匹は中世にはそれぞれ次の悪徳を象徴するものと考えられていました。色欲( lussuria)、高慢(superbia)、そして、貪欲(avarizia)。

 途方に暮れたダンテの前に現れたのは、ウェルギリウス(Virgilio、前70-前19)です。ウェルギリウスは、ローマ帝国時代に生きて人間の理性を称えた人物であり、ダンテが崇拝する偉大な詩人です。

 ダンテはウェルギリウスの助けと導きを得て、地獄(inferno) の各層を訪れ、前世で犯した罪を永遠に償い続けなければならない人々とその苦しみを目の当たりにします。ダンテが地獄をはじめとして続ける長い旅の中で出会うのは、実際に歴史上存在した人物や聖書・文学作品の登場人物であり、ソクラテスやアリストテレスなど古代ギリシアの哲人がいるかと思えば、古代ローマ帝国の詩人ホラティウス、政治家・雄弁家のキケロも登場します。カトリックの信徒から崇拝される様々な聖人(もちろん聖人は地獄ではなく天国にいます)やダンテと同時代、あるいは少し前に生きた教皇や皇帝、あるいはダンテがうわさで聞いたであろう恋物語の悲劇の主人公たちなど、ダンテが描く人物は時代的にも地域的にも、また職業や身分を考えても、多岐にわたっています。こういう多彩な顔ぶれをダンテ自身が、各人の生存時の罪や功績によって、地獄・煉獄・天国の様々な層に割り当て、そこでどのように自分の罪を償っているか、あるいは至福の生活を送っているかを描いています。

第18号(1)「ダンテ『神曲』の冒頭を読む1」_f0234936_635277.jpg
ペルージャ外国人大学『ダンテ講読』の授業のわたしのノートから

 「この人物はこういう罪を犯したから、来世では……」と豊かな想像力を働かせて、ダンテはさまざまな罪人たちの地獄での様子を描いています。「自分の持っている知識や能力を駆使して、人々が間違った道を歩まず、正しい生き方ができるように手助けをしよう」というダンテの意図が、自分の感情や私欲に振り回されて道を踏み外した人物たちが地獄で永遠に受け続けなければいけない恐ろしい刑罰の描写からも伝わってきます。地獄で罪人たちが受ける刑罰はcontrappassoと言われる、現世で犯した罪に対応するものです。たとえば恋情に負けて不倫の恋を貫いたパオロ(Paolo)とフランチェスカ(Francesca)は、現世で激情の嵐に打ち勝てなかったため、地獄の第2層(il secondo cerchio)でも、やむことのない激しい嵐に翻弄され続けています(Canto V)。また、現世で美食を求め、貪欲に食いあさった人々(i golosi)には、地獄の第3層(il terzo cerchio)で、貪欲な豚のように泥にまみれ、冷たい雨に打たれ続けるという罰が与えられています(Canto VI)。

 日本の古典でもたとえば仏教説話集の『日本霊異記』(景戒)などでは、説教のためと考えられる「罪を犯した人が地獄に行く話」はあるのですが、ダンテの作品で驚かされるのは、よく知られていた歴史上の人物や著名な作品の登場人物を死後の世界の様々な場所に配置している上、地獄・煉獄・天国の構造を非常に細かく、具体的に描き出している点です。また、作品については、そのスケールの大きさに加えて、内容的にも形式的にも緻密な構造に驚かされます。たとえば作品を構成する「詩章、歌章」(canto)の数だけを見ても、『地獄篇』(Inferno)が導入1章と33章から成る34章、『煉獄篇』 (Purgatorio)『天国篇』 (Paradiso)が各33章で、全作品で合計100章。100は「完全、完璧さ」(perfezione)を表す数字であり、また全作品が3篇から成り、それぞれ33章で構成されるといった具合に数字の3も使われていますが、3も三位一体(trinità)を表すil numero perfetto(完全な数字)であり、100と共に完璧を誇る神の数字であると中世には考えられていました。

 また、それぞれの詩章を詳しく見ていくと、これも11音節の詩行(endecasillabo)が3行連なった三行詩節(terzina)を繰り返し、畳み重ねることで各詩章が構成されています。terzinaの脚韻は、ABA BCBといった具合に、1行目・3行目が韻を踏み、2行目は次節の1行目と韻を踏みます。皆さんも、冒頭の6行で、どの言葉が韻を踏んでいるか、考えてみてください。イタリア語ではアクセントのある母音以降がすべて同じである場合に韻(rima)を踏んでいるとみなします。

 そうです、脚韻は、1行目と3行目のvita とsmarrita、またその中間の2行目の文末のoscuraは二つ目の三行詩節(terzina)の1行目duraと韻を踏み、3行目でもpauraと-uraという韻が繰り返されています。こういう緊密な11音節の詩行、三行詩節という組み合わせは、印刷機のまだない時代に、「人々が韻やリズムを通して、詩を正しく記憶し語り伝えられるように」、「勝手に言葉をつけ加えたり変えたりしないように」という配慮からだとも考えられます。実際、日本では口で語り伝えられた『平家物語』には様々な異本があるのですが、『神曲』の場合には、文末の韻によって来るべき言葉が規定されている上に、各行が11音節でなければならないため、間違って暗記されたものや、他人によって改変されたものが伝承されることを防ぎやすかったわけです。

 さて、構造や韻律は脇に置いて、話に元を戻しますと、ウェルギリウスと共に地獄を訪れたダンテは、次に煉獄(purgatorio)を訪れます。煉獄はちょうど地獄と天国の中間にあたるような場所で、煉獄にいる人々は、地上で罪を犯したものの、残された家族が死者のために祈り、本人に信仰心があって罪を贖い続ければ救い(salvezza)を受けることができます。1248年の公会議で定められたものの、文学作品の中で煉獄に触れたのはダンテのこの作品が最初のようです。

第18号(1)「ダンテ『神曲』の冒頭を読む1」_f0234936_853252.jpg

 罪で身を滅ぼさないためには、ありとあらゆる罪悪を知る必要があります。そこで、ダンテは敬愛する詩人とともに地獄・煉獄でさまざまな罪を犯した人々が苦しむ姿を目にし、またそうした人々と言葉も交わします。ただ、天国を訪れることは、キリスト教以前に生存していたウェルギリウスにはできないため、天国でダンテを導き、救いの道へと誘うのはダンテが愛した女性、ベアトリーチェ(Beatrice)になります。

 この作品にダンテ自身が与えた題名は"Commedia"「喜劇」です。それは、内容的に"Comincia male, finisce bene"「初め悪くて終わりよし」である上に、tragedia(悲劇)に比べてcommediaの方が、卑俗な表現も使えて、表現や文体の上での制約が少なかったためでもあります。地獄で苦しむ人々や地獄の恐ろしさを表現するには、高尚な表現だけでは間に合わず、いかつい卑俗な表現をあえて多用する必要もありました。

 この作品は、日本では『神曲』という題で知られています。それは、イタリアでも現代では一般に"La Divina Commedia"と呼ばれているからです。形容詞"divina"(神の)を作品の題名に最初につけ加えたのは、『デカメロン』の著作で知られているジョヴァンニ・ボッカッチョ(Giovanni Boccaccio、1317-1375)です。この形容詞の追加は、作品の内容からだけではなく、この詩作品が比類のない傑作であることにもよると考えられています。

 最後に、この作品で使われているイタリア語について一言。700年も前に書かれた詩でありながら、現代語とあまり変わらないことに驚かれた方も多いかと思います。詩の韻律のためとも考えられるので、冠詞の有無や語尾の母音の省略については考慮しないとすると、現在と語形が違うのは5行目でquestaではなくesta、6行目でrinnovaの代わりにrinovaと書かれているところくらいです。(ただし、作品の他の部分には現在は使わない言葉や表現もたくさんあります。)ほぼ同時期に日本で書かれた『徒然草』などの日本語は、現代日本語からほど遠いというのに。冒頭部分を覚えていらっしゃるでしょうか、「徒然なるままに日暮らし硯に向かひて…」。

 なぜでしょう。その理由については、次号でご説明したいと思います。

********************************************************************************************************************************参考資料
- Dante Alighieri, "Commedia. Inferno"(a cura di Emilio Pasquini e Antonio Quaglio), Garzanti, 1982. (上記の詩の本文は、この本から引用しました。)
- ペルージャ外国人大学の語学コースおよび大学の授業のプリント・ノート
- Rebuffi C., Morini L., Castagnola R. (a cura di), "Testi nella storia. La letteratura italiana dalle origini al novecento. Vol. 1. Dalle origini al Quattrocento", Mondadori, 2000.
********************************************************************************************************************************

 『神曲』全3篇の中で、読んで一番おもしろいのは『地獄篇』だと言われています。以下に、読者の書評などから最良と思われる訳本へのリンクを挙げておきます。リンク先のページには続篇の『煉獄篇』、『天国篇』へのリンクもありますので、この夏の読書として、興味のある方はぜひ読んでみてください。前述しましたように、歴史上の実在の人物がたくさん登場しているため、書かれた当時のイタリア中世の歴史や文化はもちろん、古代ギリシア、古代ローマについても楽しく読みながら学ぶことができると思います。ダンテの執筆意図や使用した言語を考えると、日本語訳は誰もが読みやすい口語であるべきであって、たとえ格調が高くても読むのに苦労する文語ではいけないと思います。

- 『神曲 地獄篇』(ダンテ・アリギエーリ作、平川祐弘訳、河出文庫、2008年)

 「分かりやすい図版のある本を」という方には、フランスの名高い挿絵画家、ギュスターヴ・ドレの挿絵が豊富にある次の訳本をお勧めします。

- 『絵で読むダンテ「神曲」 地獄篇』(ダンテ・アリギエーリ作、ギュスターヴ・ドレ画、平沢弥一郎訳、論創社、2002年)

 これも三行詩形態こそとっていないものの、分かりやすい口語で訳されています。現在はアマゾンのサイト上で、「試し読み」をクリックすれば、最初の数頁について、訳文と挿絵を楽しむことができます。冒頭から63行目まで、ダンテが3匹の猛獣に脅かされた後ウェルギリウスに出会うまでの訳と挿絵が見られます。挿絵では、暗い森の様子や猛獣に震えるダンテなどがみごとに描かれていますし、そこまでの口語訳も読めますので、ぜひご覧ください。

 さて、『神曲 地獄篇』第1章の冒頭部については、次の映像で、映画俳優・演出家であったヴィットーリオ・ガスマン(Vittorio Gassman、1922-2000)の朗読を聴くことができます。最初の6行だけではなく、60行目(ダンテが3匹の猛獣に出会って脅える場面)までを朗読しています。
(*2020年追記: 当時リンクを貼った映像が削除されていたため、新たに追加した次の映像には、第1章すべて、つまり1行目から136行目までの朗読が収録されています。)



 この記事の続きは、第18号(2)「ダンテ『神曲』の冒頭を読む2、フェッラゴスト」 をご覧ください。

関連記事へのリンク
- 第20号(2)「イタリア語の歴史とダンテ」 (2009/9/4)
- パリのロダン美術館とバラと考える人、『神曲』を思い地獄見やるダンテがモデル (2021/4/21)
- ダンテの日 受胎告知の日とフレスコ画 (2020/3/26)

Articolo scritto da Naoko Ishii

↓ 記事がいいなと思ったら、ランキング応援のクリックをいただけると、うれしいです。
↓ Cliccate sulle icone dei 2 Blog Ranking, grazie :-)
にほんブログ村 海外生活ブログ イタリア情報へ  

Commented by poirier_AAA at 2020-03-29 01:31
なおこさん、こんにちは。ダンテの「神曲」は日本語でも読んだことがありません。今回こちらで冒頭に触れて、まずは驚きが先立ちました。というのも、わたしの中級フランス語と初級ポルトガル語の知識で、この部分の意味がほとんど予想できてしまったからです。この言語間の距離の近さ、わかってはいましたけれど、やはり感動しますね。まさか700年前に書かれた「神曲」がこんなに近いところにあったとは!目から鱗のイタリア語体験でした。

この「神曲」と、いくつか前の記事で紹介していただいた「許嫁」と、いつか読んでみようと思います。
Commented by milletti_naoko at 2020-03-29 06:28
梨の木さん、こんにちは。さっそくお読みくださって、ありがとうございます。ほとんど内容が分かってしまっただなんてすばらしい。そして、既習の言語が他の言語学習をいかに助けるかも分かって、とても興味深いです。ロマンス諸言語は、いずれも古代ローマ時代の話し言葉、俗ラテン語が、それぞれの地域で独自に発展・変容を遂げて生まれた言語なので、語彙も文法も似たところが多い上、13、14世紀のまだラテン語寄りだった当時のlingua volgare、ラテン語から変容してイタリアで生まれつつあった新しい言語は、現代イタリア語よりもフランス語に近いようで、そう言えば、フランス人の同級生が、ダンテやペトラルカの作品の方が現代イタリア語より楽に読めると驚いていました。さらにポルトガル語もご存じなので、ほとんど予想がおできになったのですね。

わたしも『神曲』は日本では読んだことがないのですが、イタリアでは語学講座でも大学の文学の授業でも、必ず神曲のいくつかの章が取り上げられたので読んで勉強した上に、ダンテ講読と言って、片っぱしからダンテ作品を読み、もちろん『神曲』も大半を読むという授業も選択し受講したんです。

『許嫁』は、時々物語の筋に関係ありそうでなさそうな歴史的背景などのかなり長い説明が挿入されているため、読むのに根気がいるのですが、作品としてはおもしろかったように覚えていますので、機会があればぜひお読みください。
Commented at 2020-03-30 07:24
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by milletti_naoko at 2020-04-01 18:56
鍵コメントの方へ、こちらこそコメントとリンクをありがとうございます。
これからさっそくおうかがいして拝読しますね。
by milletti_naoko | 2009-08-14 12:00 | Lingua Italiana | Comments(4)