イタリア写真草子 ウンブリア在住、日本語教師のイタリア暮らし・旅・語学だより。

第24号(2)「アッシジの聖フランチェスコと歌・映画『Fratello sole, sorella luna』」

 2009年10月24日発行のイタリア語学習メルマガ第24号「聖なる森林の山道(2)、聖フランチェスコ」に、ラヴェルナ修道院とその境内にある聖フランチェスコの人生を語るフレスコ画の写真を添えて、このブログに移行しています。今回の記事は、以下の号の続きです。
第23号「聖なる森林の山道~90kmの巡礼の旅(1)」
第24号(1)「90kmの巡礼の旅〜聖なる森林の山道 Il Sentiero delle Foreste Sacre」

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Santuario della Verna 2019/10/20



2.“Fratello sole, sorella luna” (歌、映画)

 では、このアッシジの聖フランチェスコ(San Francesco d'Assisi)とは、一体どのような人だったのでしょうか。次のYouTubeの映像をご覧ください。



(*2020年5月追記: 発行当時のリンクが無効となっているため、同内容と思われる映像と張り替えました。)



 聖フランチェスコの人生を描いたこの映画は、イタリア・イギリスの共同制作で、監督はフランコ・ゼッフィレッリ(Franco Zeffirelli)です。


 クラウディオ・バッリョーニ(Claudio Baglioni)の手になる、映画のイタリア語版冒頭にある歌を、映像の35秒目から見ていきましょう。歌詞は、自然を愛し、自然物の一つ一つに神の愛や偉大さを認めていた聖フランチェスコの在り方をうまく表現していると思います。自然の中にあるものを表す言葉がたくさんあります。それぞれ、どんな意味かお分かりですか。


“Dolce è capire che non son più solo
ma che son parte di una immensa vita
che generosa risplende intorno a me
dono di Lui, del Suo immenso amore
Ci ha dato il Cielo e le chiare Stelle,
Fratello Sole e Sorella Luna
La Madre Terra con Frutti, Prati e Fiori,
il Fuoco, il Vento, l’Aria e l’Acqua pura
fonte di Vita per le Sue Creature
dono di Lui, del suo immenso amore
dono di Lui, del suo immenso amore”

「もうひとりではない、僕の周囲で惜しみなく
輝きを放つ、無限の生命の一部なのだと分かると、
穏やかな喜びに胸が満たされる。
神から、その無限の愛情から授かった贈り物。
神は、私たちに空を、そして光り輝く星、
兄弟である太陽、姉妹である月を贈ってくれた。
母なる大地を果実、草原、花々と共に。
そして、火・風・空気に清水、被造物にとっての生命の源をも。
神から、その無限の愛情から授かった贈り物。
神から、その無限の愛情から授かった贈り物。」 (「  」内は石井訳)


 この歌のあと、映像の中では映画の主要な場面が続きます。キアーラ(Chiara)のセリフによって若いフランチェスコの変容が語られる場面、

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キアーラが俗世を捨て修道生活に生きる決意を明かす場面、そして最後に、聖フランチェスコが教皇と対面する場面。聞き取れる言葉がいくつかあるのではないでしょうか。(*2020年5月追記: 今回代わりに追加した映像には、歌しか収録されていませんが、当時の文章はそのままにしてあります。)

 それぞれの場面のセリフや内容は、次の聖フランチェスコの人生の概要を読まれたあとで再度ご覧になると、より分かるところが多くなるのではないかと思います。

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 日本でも『ブラザー・サン シスター・ムーン』という題でDVDが販売されているようですが、残念ながら英語と日本語の音声しか入っていないようです。「聖人の人生を描き切れていない」という問題点はあるものの、日本の方で、あまり聖フランチェスコを知らない人が最初にどんな人物かを知るためには、いいのではないかと思います。興味のある方は、ぜひレンタルででも探して、ご覧ください。英語版の映画・DVDの概要は次のリンク先に記されています。アマゾンイタリアで販売されているイタリア語音声・英語ドイツ語字幕のDVDへのリンクも添えておきます。著作権に疑問があるのですが、イタリア語版の全編が見られる映像(リンクはこちら)もあります。

amazon.co.jp – 映画、『ブラザー・サン シスター・ムーン』[DVD]
amazon.it – Film, “Fratello Sole Sorella Luna” [DVD]

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Santuario della Verna 2019/10/26



3. アッシジの聖フランチェスコ (1182-1226)


 清貧と自然を愛し、隣人への愛を唱えたアッシジの聖フランチェスコ(San Francesco d'Assisi)は、数多いカトリック教会の聖人の中でも、特に慕われている聖人の一人です。死後に出身地であるアッシジに建立されたサン・フランチェスコ聖堂(Basilica di San Francesco)では、敬虔に祈りを捧げるたくさんの信者の姿が見受けられます。鳥と話を交わすことができた、悪魔にたたられた町から悪魔を退散させたなど、さまざまな奇跡も伝えられられており、ちょうど日本の弘法大師のような存在だと言えると思います。

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 聖フランチェスコは、1182年にイタリア中部アッシジの裕福な織物商人の息子として生まれました。聖フランチェスコがアッシジで生まれたとき、父親がプロヴァンス地方に滞在中だったため、フランス人の母親が「ジョヴァンニ」と名づけたのですが、帰宅した父親は母親の母国に敬意を表して「フランチェスコ(フランス人の)」という名前に変えさせました。イタリア語、ラテン語や法学、音楽を学んだ上に、母親がフランス人であったため、フランス語も解することができた聖フランチェスコは、当時としては豊かな教養を身につけており、父親は息子が商いを始めることを早くから望んでいました。聖フランチェスコは享楽的で放縦な青年時代を送りますが、アッシジと隣の町ペルージャとの戦いに参加して捕虜になり重い病気にかかったあと、深い精神的な危機を迎えます。1206年に世俗的なしがらみと財産を一切放棄して、2年の間隠遁し瞑想と告解の日々を送り、その後町の人々に施しを乞いながらの布教活動を始めました。「清貧の生活を送り、福音書の教えを広めよう」という聖フランチェスコのまわりには志を同じくする弟子が集まり、聖フランチェスコの托鉢修道会は1210年に教皇インノケンティウス3世の承認も手にします。

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 476年の西ローマ帝国の滅亡以来、ヨーロッパの国々では異民族の襲来などのために行政や治安が機能しなくなり、カトリック教会が司教や慈善活動を通じて、それぞれの町の行政的な役割を果たし人々を精神的にまとめていました。しかし教会は、やがて原点であるはずのイエス・キリストの教えを忘れ、世俗権力(政治的権力と財産)の拡充に明け暮れるようになり、11世紀から12世紀にかけてヨーロッパ各地で「原点に戻ろう、精神的な純粋さを取り戻そう」という異端運動が繰り広げられます。フランス南部で起こったさまざまな異端派の活動は、フランスの王の協力を得たカトリック教会によって、弾圧を受け、根絶の憂き目に遭いますが、聖フランチェスコはこれらの異端派と同じ理想を掲げながらも、宗教的な自治を手にするため、教会に対抗するのではなく、カトリック教会の枠の中にとどまり、教皇への絶対的な従属を認めながら、教会を内側から改革していくことを望みました。教皇・司教とも福音書の教えを忘れて、貧しい人々が死んでいく傍らで、自らの蓄財に奔走し奢侈な生活に溺れていることが多かったのですが、幸い当時の教皇インノケンティウス3世は、教会の退廃を憤り、自ら教会の改革を志す人物であったため、聖フランチェスコの理想や考えに賛同し、上述のように、聖フランチェスコの修道会に最初の口頭での承認を与えます。

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 その後、フランチェスコ修道会はアフリカ、東方諸国、ドイツ、フランス、ハンガリー、イギリスへの宣教活動を繰り広げますが、1220年に、聖フランチェスコは大勢の修道士を抱えるようになった修道会内部の教義をめぐる激しい論争のために、イタリアに帰国し、1223年にはホノリウス教皇からフランチェスコ修道会の規律の正式の最終的な承認を受けるにいたります。

 締めくくるにあたって、聖フランチェスコについてのイタリア語のサイトをご紹介したいと思います。

 http://www.san-francesco.org 
(2020年5月現在、このかつてのサイトの移転先が見つかることを願って、現在はリンクが無効であるようですが、残しておきます。)

 とても充実したサイトで、聖フランチェスコの人生や祈り、修道会の規律などについてイタリア語での説明、引用があります。また、アッシジのサン・フランチェスコ聖堂の上院には、聖フランチェスコの生涯が、ジョットの手になる美しい壁画で描かれているのですが、このサイトではその壁画と説明を見ることもできます。

(この三つ目の記事は、数年前に私が執筆し、『メルクリオ・メールマガジン』に「San Francesco d’Assisi」という題で掲載された文章に若干の修正を加えたものです。著作権は私に残るということでしたので、今回再び以前に書いた記事をここに採用しました。)

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 今、ペルージャでは2大行事の一つであるEurochocolateというチョコレート祭りが行われている最中です。中心街にはイタリア各地からきた様々なチョコレート製品を売る露店が並び、イタリア各地から来た観光客がたくさんいます。私たちは一昨日行って来たのですが、例年に比べて独創性が乏しく、数年前に比べるとイタリア各地の個性のある店からの出品が減り、スーパーでも買えるようなメーカーの商品が増えていたような気がして残念に思いました。とは言え、これは私たちが、イベントが多いけれども人混みも多い週末や夜間を避けて、チョコレート祭りを訪れたからでもあります。巨大なチョコレートのブロックを削っていって彫刻作品に仕上げるような催しは、例年通り今年も行われる(行われた)はずですが、もちろん平日の午後ではなく人の多い週末に行われることと想像します。

 では、また。Buon fine settimana!(よい週末をお過ごしください。)
 

 このメルマガの著作権は石井に帰属します。引用・転載を希望される方はご連絡ください。

*追記(2020年5月2日)
 ヤフージオシティーズのサービス終了のため、現在、このイタリア語学習メルマガのバックナンバーを、ブログに移行中です。すでにブログに収録済みのメルマガ一覧は、タグ、「イタリア語学習メルマガ バックナンバー」(リンクはこちら)からご覧になれます。


Articolo scritto da Naoko Ishii

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by milletti_naoko | 2009-10-24 13:00 | Lingua Italiana