イタリア写真草子 ウンブリア在住、日本語教師のイタリア暮らし・旅・語学だより。

考古学・登山ガイドと行くテッツィオ山、ペルージャ

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 古代のウンブリアでは、テベレ川を境に、西にはエトルリア人、東にはウンブリア人が住むという形で、住み分けが行われていました。それは知っていたのですが、先日テレビで、ローマでも古代に、エトルリア人とローマ人が、やはりテベレ川を境に住み分けていたと知って驚きました。

 ペルージャの北方にそびえ、わたしたちの改築中のうちのあるテッツィオ山(Monte Tezio)は、テベレ川のすぐ西の岸辺にそびえ、川の流れに沿うかのように、北北西から南南東へと細長く伸びています。

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Panorama dal Monte Tezio, Perugia 9/2/2019

 その上、標高961mでありながら、すぐ近くに高い山がないために、テッツィオ山の南東の中腹にあるミジャーナからはもちろん、さらなる高みから東を望むと、テベレ川(fiume Tevere)が流れる平野や、その向こうにそびえる山々を遠くまで見渡すことができます。

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Escursione insolita sul Monte Tezio con Alessio Renzetti, le Storie di Loz

 なんとそのため、テッツィオ山は古代には交通や防衛のための要所であり、かつてテクサという神に捧げられたエトルリア人の神殿があって、テッツィオ山の名前は、この神の名に由来しているそうです。上の写真に写っているフォンテヌオーヴァ(Fontenuova)という場所に、その神殿が建っていたそうで、ここからそう遠くないミジャーナの教会に、この神の名を記した石が見つかったとのことです。

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 そのことをわたしたちは、昨年2月9日に、Le Storie di Lozが企画し、山岳ガイドでありかつ考古学者でもあるアレッシオ・レンツェッティ(Alessio Renzetti)が率いるトレッキングに参加して初めて知りました。

 テッツィオ山中腹にあるミジャーナで生まれ育った夫にとって、テッツィオ山はある意味、庭のようなものでよく知っているのですが、このトレッキングの際の説明の中には、近年の発見に関することもあったため、夫も義父母も知らないことさえあり、興味深かったです。

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 ミジャーナはテッツィオ山の南東の端近くにあります。さらに、わたしたちがたまに歩く自然公園のトレッキングコースが、山の南半分に集中しているので、わたしたちが歩くのはたいてい、南北に細長く伸びるテッツィオ山の南半分です。

 それが、このガイドとのトレッキングのときは、ミジャーナから東の斜面をほぼ北の端まで歩いてから山を登ったので、テッツィオ山の北端近くからの眺めを、初めて見ることができました。上の写真で北に見える三角形をした山はアクート山(Monte Acuto)です。先がとんがっている(acuto)ためにこの名があり、ペンニーノ山やカトリア山の隣にもやはり同名の山があるのですが、ペルージャの人がモンテ・アクートと聞いて思い浮かべるのは、たいていの場合、テッツィオ山の北にそびえるこのアクート山だと思います。

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 さらに少し登ったところにあるこの山小屋も、この日初めて見たように思います。長い登り道のあと、ここで昼食を食べて、しばらく休みました。

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 テッツィオ山のなだらかで長い尾根道を、北北西から南南東へと歩いて行きます。

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 そうして、テッツィオ山の三つの十字架のうち、最も高い位置にある三つ目の十字架(la Terza Croce)に着いて、皆で山の南西に広がる見晴らしを楽しみました。日の光がまぶしく、霞がかかっているために分かりにくいのですが、奥の方にトラジメーノ湖(Lago Trasimeno)が見えます。

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 近年になって修復された雪室(neviere)も訪ねました。案内看板の説明によると、かつて冬はここに雪をかき集め、踏み固めて氷になってから、ワラの層で覆い、町で必要があるときに、氷をラバの背に載せて運んでいたのだそうです。文書における最古の記録は、1699年に遡るとのことです。

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 2月だったので、この雪室の近くにも、まだ雪が残っているところがありました。

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 さらに歩き続けて、尾根の南東の端から、北東を眺めたときに見えたのが、上から2枚目の写真の風景です。

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 このあとは、まずは二つ目の十字架まで(la Seconda Croce)山を下り、しばらく眺望を楽しんで休憩したあと、

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さらに山を下り、

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一つ目の十字架(la Prima Croce)を目指しました。わたしと夫が先日歩いて訪ねたのはこの一つ目の十字架で、ここまで来ると、プロコーピオ城がすぐ下方に見えます。

 ミジャーナから山を登ると、最初に出会うのが一つ目の十字架で、さらに登ると二つ目の十字架があり、最後に出会うのが山頂近くにある三つ目の十字架なのですが、この日は尾根の北東から南西の中腹にあるミジャーナへと歩いたので、三つの十字架に出会う順序が、それぞれの十字架の名前と食い違っています。

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 一つ目の十字架からは、先日わたしたちが下ったときと同様に、まずは山の細道を下り、それから車も通れる砂利道を歩いて下りました。

 よく知っているつもりであり、何度も登ったことのあるテッツィオ山について、このガイドつきトレッキングのおかげで、いろいろと学ぶこと、知ることができて、興味深かったです。

 イタリアの山を歩こうと思っても、一人では迷う恐れもあり、放し飼いの犬やイノシシなどの野生動物に出くわす可能性もあります。山歩きや巡礼に興味があるときには、こんなふうに、山岳ガイド、あるいはイタリア山岳会、イタリア各地の自然公園が企画している集団での登山やトレッキングに参加してみて、まずは皆といっしょに歩いてみること、そして、その中で仲間を見つけるのも、一つの手だと思います。アレッシオ・レンツェッティは、ウンブリアだけではなく、他州での泊りがけの山歩きやトレッキングも企画しています。料金等は、以下のリンク先に書かれていますので、ご参照ください。ガイドは英語でも対応できるとのことです。わたしたちが参加したときは、本来予定していた日は参加者があまりにも多いからと、その前の週末に歩きませんかという電話があり、一週間前に参加したので参加者が少なかったのですが、この次の週末には、同じコースを30人ほどで歩いたそうです。

Le Storie di Loz, Alessio Renzetti
Sito: Le Storie di Loz - HOME
FB : Facebook - Le Storie di Loz

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Sorgeva un antico tempio etrusco a Fontenuova sul Monte Tezio!

Sorprendente e interessante l'Escursione insolita sul Monte Tezio
con Alessio Renzetti, organizzata dalle Storie di Loz.
Monte Tezio, Perugia 9/2/2019
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- クロッカス花咲き山に春の足音、ペルージャ テッツィオ山 (9/2/2019)
- テッツィオ山登れば花と城と見晴らし、ペルージャ / Tra i fiori verso la Prima Croce, Monte Tezio (30/5/2020)

Articolo scritto da Naoko Ishii

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Commented by ciao66 at 2020-06-04 15:40
テッツィオ山の上にエトルリア人の神殿があったというお話はとても興味深いものですね!ペルージャに残された城門のエトルリア門の大きさから考えると、神殿もとても大きなものだったのではないかと想像しました。ガイドさんと登るのもいいものですね!
Commented by milletti_naoko at 2020-06-06 00:21
ciao66さん、なるほどそうですよね。あれだけ大きくみごとな城壁と門を築いたペルージャのエトルリア人が築き、そうして祈りに行ったであろう神殿ですもの。当時の神殿の建材は後世に他の建造物を建てるのに使われてしまったのですが、書き残された文字からいろいろなことが分かるようです。
by milletti_naoko | 2020-06-04 08:43 | Umbria | Comments(2)