2020年 08月 08日
読書中『ルネサンスの女たち』とマントヴァ旅行の写真


イタリアに来てから、歴史や文学、美術の授業を通して、イタリアの歴史を学び、歴史番組が好きで、特に中世やルネサンスが取り上げられているときはよく見る上に、イタリア各地を訪ねるたびに、その地ゆかりの歴史や人物について知って、興味深いことが多々あります。
イタリアのルネサンスが終わろうとする頃、そして、経済や歴史の中心が地中海から移っていこうとする頃の複雑きわまりないイタリアの歴史、当時の人々、できごとを、この作品を読むことで、主人公であるイザベッラ・デステという一人の人物の視点やその一家の運命を軸にとらえ、把握することができました。当時イタリア半島にあった国々の間の政治的状況や、貴族に生まれた子女がしばしば余儀なくされた政略結婚、また僧や尼にならねばならぬ運命、そうしたことは知っていたつもりでしたが、この物語のおかげで、そうした知識がより切実なものとして心に迫り、また、当時イタリア半島にあった国々の互いの関係やその政策、そして多くの人物やできごとを、自分の中で整理することができたように思います。

フランスや神聖ローマ帝国、スペインなどの強国のイタリア半島への政治的干渉や支配が、ちょうどこの頃から大きくなってくることは、イタリアの歴史の授業でも学んでいて、そのときは、その理由として、フィレンツェのロレンツォ・デ・メーディチの死や新大陸の発見も挙げられていたように覚えています。一方、『ルネサンスの女たち』の「第1章 イザベッラ・デステ」では、当時の政治的状況が、マントヴァ(Mantova)という一国の侯爵夫人を主人公として語られているため、そうした強国によるイタリア半島への干渉が始まった時期に、マントヴァにとって、一つひとつの事件や戦、同盟などがどういう意味を持っていたかが、よく分かります。おかげで、イタリア半島が大国に支配されていく過程や、その個々の動きを、詳しく知ることができました。

そうした難しい政治的状況の中で、国を存続させていくために、マントヴァとウルビーノ、ミラノ、神聖ローマ帝国、教皇領などの間で。それぞれのもくろみがあって行われた政略結婚の多さに驚き、そうした結婚に翻弄された人々、あるいは幸せを得た人々の運命を思いました。当時一人の女性が、ここまで国政に大きく関与し、また国の困難をうまく切り抜けていくことに成功したということにも驚きました。

当時の様々な古文書や書籍、手紙などを通して、綿密に構成された一人の女性の生涯と一国の歴史に感嘆すると同時に、心理などが深く掘り下げられることなしに、話がどんどん先に進んでいくことに驚きました。けれども、それは、できごとや人物像を物語のために肉づけして語って、想像・創造の要素が強くなり、史実から離れてしまうことを避けるためであり、また、多くのできごとを包括し、軸や筋をしっかりと持たせて語っていくためには、かえって必要な手法なのだろうと感じました。

昨晩からは、「第2章 ルクレツィア・ボルジア」を読み始めました。イタリア各地でボルジアゆかりの館などを訪ねる機会は多く、カプラローラでは確か、悪女という誤った認識でとらえられている女性として、ルクレツィア・ボルジアを語る映像も見たように記憶しています。また、歴史番組でも、後世になってからそうしたゆがんだイメージが定着した理由を、いつだったか紹介していたように覚えています。最近になって発見された当時の文書から、夫の留守にりっぱに国を守ってすばらしい働きも示したことが分かったという番組も、昨年だったか見たことがあり、それはルクレツィア・ボルジアのことだったように思うのですが、ひょっとしたら、イザベッラ・デステのことだったかもしれません。この件については、近いうちに調べてみようと考えています。

ブログのお友達に、塩野七生さんの大ファンだという方が少なくないため、以前からぜひ作品を読みたいと考えていて、ずいぶん前に、その最初の2作品である文庫本を購入していたのですが、先週の金曜日に、ようやく読み始めました。読みさしている本が数冊あるので、それを読み終えてからと考えていたのですが、先週は突然ミジャーナに行って、何泊になるか分からぬまま宿泊することになり、インターネットの接続もいまひとつで、授業の準備をするには持って行かなければいけない本や資料が多くなりすぎるからと、塩野さんの一冊、『ルネサンスの女たち』を持って行き、おかげでようやく読み始めることとなったのです。

写真は、2008年に夫と義弟が当時属していた合唱団の旅行で、観光ガイドと共に、マントヴァの町を訪ねたときの写真です。わたしたちの初めてのデジタルカメラは、その前年、2007年6月の結婚式のときに、友人たちが祝いに贈ってくれたカメラでした。このマントヴァの写真は、当時夫とわたしが共有していたそのカメラで撮影したものなので、わたしが写したものもあれば、夫が撮った写真もあります。

このマントヴァ旅行の写真が少ないことについては、ガイドについて話を聞いていたため、夫も同じカメラを使っていたため、まだブログを始めていなかったためと様々な理由がありますが、一番の理由は、実はわたしたちがマントヴァを訪ねたのはこれが2度目で、この前にも二人で訪ねたことがあったからです。
このバスの後ろに写っている城の中が博物館になっていて、二人で旅行した夏には、この博物館も訪ねて、内容が充実しているので驚いた記憶があります。ただ、2007年6月から2008年4月のこの合唱団の旅行までの間には、デジタルカメラの写真に、この二人でのマントヴァ旅行の写真がないので、アナログカメラで撮影したか、写真に撮っていないかのどちらかだと思います。
いつだったかは覚えていないものの、確かにマントヴァとこの城の博物館を訪ねた記憶はしっかりと残っています。それは、ちょうど最高気温が40度を超えるひどく暑い日のことでした。イタリアでは、教会や城など、壁の厚い古い建築は、外が暑くても中が涼しいことが多いのです。博物館を訪ねることにしたのはおそらく涼を取るためでもあったと思うのですが、ところが、どういうわけか博物館であった城の窓が開け放されていたために、早朝だけ開けて、後は閉じていれば涼しかったに違いない屋内が、サウナのように恐ろしく暑かったのです。その暑さに閉口し、ほとんど我慢大会のような暑さと戦いながら訪問したので、マントヴァとこの城を訪ねたことは、夫もわたしも、今でもよく覚えているのです。


私の大好きな 川原泉さんのコミックで
読みました。
何度も読み返したのに
今探しても見つかりません (>_<)
争いの中世は 哀しいストーリーで満ちていますね。
日本で女性が政治で活躍したのは推古天皇と北条政子くらいしか思いつきませんが、私がイタリアで記憶に有るのはパルマ公国のマリー・ルイーザです。塚本 哲也 箸『ナポレオンの皇妃からパルマ公国女王へ マリー・ルイーゼ 』こちらもなかなかドラマチックな生涯でした。
過去に行ったことのある場所を歴史上の人物の小説でバーチャル再訪し、また旅を振り返るのも面白いですね!
『ルネサンスの女たち』を読まれていらっしゃるのですね。
塩野さんは確か『チェーザレボルジアあるいは優雅なる冷酷』でデビューされたのでしたが、女の作家は女を書かねば売れないとかなんとか当時の編集者に言われた云々という話をどこかで読んだ記憶があります。今考えると、塩野さんが女性にスポットライトを当てて描いた作品は少ないので、この作品は貴重だと思います。
ルネサンスの作品を読んでも、なおこさんはすぐ身近にそれらの諸都市があって、とっても羨ましいです!実際に旅を重ねると歴史や史実もとても身近に感じられますよね。
イザベラ・デステは大変な賢婦人だったのでしょうね。
ボルジア家は作家によっても描き方がまったく異なり、諸悪の権化のように書く方もいらっしゃるけれど、塩野さんの視点は善悪の彼岸を行く感じで、権謀術数が渦巻いていたあの激動の時代らしくて私は好きです。古代ローマも面白いけれど、ルネサンスはなんとなく身近な感じがして、やはり面白いですよね。私もまた読みたくなりました。
本などはイタリアではどのように手に入れていらっしゃるのでしょうか?
今は電子書籍などもあるので海外にいても日本の本も手に入れることができますが
私はいまだ電子書籍に慣れず、日本に帰ったときに色々買ってきます。
私は学生の頃、世界史がとても苦手でした(-_-;)。
出てくる土地や人物の名前がなかなか覚えられず・・・
ヨーロッパ史などもとても苦手。
でもなおこさんのブログを拝見してから、色々と
身近な話題で教えていただけるので、少しずつ身近になっています。
でも場所の名前などもなかなか覚えられないので
φ(..)メモメモしながら読ませていただいております。
イタリア史なども色々また教えて下さい♪
なるほど、ciao66さんが紹介されている作品も興味深いです。ナポレオンやフランス革命の頃についても、歴史番組でよく見ているので、気になります。そう言えば、最近イタリアのエルバ島とナポレオンについて語った歴史番組で、ナポレオンが島流しでエルバ島にいた当時は、エルバ島はフランス領で、彼は妻子が来るのをずっと待っていたのに、奥方は結局まったく来ずじまいだったと言っていたように覚えています。
おっしゃるように、本のおかげで、かつて行った場所が、また別の角度から見えてくるのもおもしろいです♪
書き下ろしの長編と書いてあるチェーザレ・ボルジアを主人公とした作品が、いつ最初に発表されたかが書かれていないのが気になるのですけれども。女性の焦点を当てた作品は少ないんですね! まだ1冊目の第二章を読んでいる最中なのですが、視点や書き方が男性的だという印象をふと受けました。
おっしゃるように、物語に出てくる多くの町が、実際に訪ねたことがあって身近なので、新たな視点からとらえ直すことにもなり、興味深いです。昨晩読んだページでは、教皇アレッサンドロ6世がフランス王シャルル8世を避けて、ペルージャ、オルヴィエートに避難していました! さらに、愛人の兄弟だからとアレッサンドロ6世が枢機卿にした男性が、後にペルージャのバッリョーニ家のあった地区の上に城塞を築いたパオロ3世となったらしいと読んで、また驚きました。
ボルジア家は数年前にイタリアでもドラマが放映されていたのですが、権謀術数や残酷な場面は映像として見るのは苦手なので、結局一度ちらりと宿泊先のテレビで見ただけです。『チェーザレ・ボルジア あるいは優雅なる冷酷』もいっしょに日本から取り寄せたので、読むのが楽しみです。今ルクレッツィアについて読みながら、彼の所業らしき残酷な犯罪の数々にぞっとしていたところなのですが、まほろばさんのそのお言葉で、ほっとしました。
ありがとうございます。わたしも高校生・大学生の頃は、世界史がそれほど好きではなかったのですが、イタリアに来て、様々な先生方からそれぞれの視点や視覚教材と共に歴史を学び、ゆかりの地域や建造物を訪ねるうちに、歴史への興味が増してきました。今では夫に、「また!」と言われるほど、よく歴史番組を見ています。中世・ルネサンスを中心に、古代や1800年代にも興味があるのですが、中世が専門のアレッサンドロ・バルベーロということさら話の興味深い先生が好きで、彼が担当している場合は特に、それが近現代の歴史についてでも見たりしています。まあ、メモまでしてくださっているだなんて! 感激です。これからはさらに心して書いていきたいと思います。

言及されている2作目も興味深いです。情報をありがとうございます。
第1章が終わったところですが、イタリア半島が大国に支配されていく過程というのが、小国の生き残りをかけた動きや、大国の思惑と合従連合の過程も絡めて、具体的によく判って興味深いですね」。
歴史の本よりも生身の人間が登場する歴史小説のほうが良く頭に入る感じがします。
イザベッラ・デステで一番印象的なシーンは、侯爵が捕虜になり各国の干渉を受けそうなときに、何処の国にも妥協せず、最終的にうまく切り抜けたところでしょうか。
1527年の「ローマの略奪」の前に、カルロスの軍勢を通過させたのは、イタリアのためには残念なことでしたが、小国マントヴァの生き残りのために、やむを得ない選択だったのでしょう。
あとはあれこれ有りますが、長くなるのでこれくらいにしますが、面白いこの本を読むきっかけを頂いて、とても幸いでした。続きが楽しみです。
ひょっとしたら、1冊を読み終わるのは、わたしの方が後になってしまうかもしれませんね。昨日第4章を読み始めたところです。