イタリア写真草子 ウンブリア在住、日本語教師のイタリア暮らし・旅・語学だより。

イタリアは古代・中世から多民族、ランゴバルド人 モンテ・サンタンジェロとスポレート

 ゆっくりゆっくりと『カール大帝』(Carlo Magno)の本を読み進めています。

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 しばらく前までは、フランク王国とランゴバルド王国との間の戦いについて読んでいました。

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"I Longobardi. Origini mitiche, storia e archeologia di un popolo millenario"

 読んで驚いたのが、カール大帝やその祖先に敗れる前に、ランゴバルド人がイタリア半島で支配していた領域が、思っていたよりもずっと広大であったことです。

 冒頭の写真の左の冊子、『ランゴバルド人』(I longobardi)は、2014年5月に、夫とプーリア州にあるサン・ミケーレ聖所記念堂を訪ねるために、

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Monte Sant'Angelo (FG), Puglia 1/5/2014

モンテ・サンタンジェロ(Monte Sant'Angelo)の町に行ったとき、町役場でもらったものです。

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2/5/2014

 町役場の方たちがとびきり親切で、夫の質問に答えようと、役場の中に案内してくれて、いろいろと関連地図を探してくださった上に、観光案内の資料までくださった中に、この1冊があったのです。

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Spoleto (PG), Umbria 15/4/2012

 スポレート(Spoleto)もランゴバルド人が支配していたことは知っていたのですが、ランゴバルド人の諸侯が治めていた領土の中で、スポレート公国(Ducato di Spoleto)が戦略的に重要であったことは、今回初めて認識しました。

 考古学博物館を訪ねたことはあるのですが、この古代ローマ円形劇場や、古代ウンブリア人、モンテルーコの聖なる森に関する展示ばかりが、記憶にありました。

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 同じ日に撮影した写真やオンライン情報を見て、ランゴバルド人やスポレート公国ゆかりの展示は、国立スポレート公国博物館(Museo Nazionale del Ducato di Spoleto)にあり、

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16/5/2013

そのスポレート公国博物館が、町を見晴らす丘の上に建つアルボルノス城塞(Rocca Albornoziana)内にあることが分かりました。

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 アルボルノス城塞は、第9シーズン以降、舞台がグッビオからスポレートに移ったドラマ、『Don Matteo』では、刑務所という設定で登場する建物です。

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 城塞は高みにあるので、

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その前からでさえ、眺めがすばらしく、感動しました。

 カール大帝のイタリア語での名はカルロ(Carlo)です。ローマ皇帝として戴冠を受ける前、フランク王としてのカルロがランゴバルド人を打ち破って、ランゴバルド王国を支配下としたときには、「すでに古代ローマ人とランゴバルド人の間で混血が進んでいた」と、今読んでいる本に書かれているのを読んで驚きました。支配者としてやって来て、そして去っていたのかと思ったら、そうではなく、そうすると、現在のイタリア人の祖先の中には、ランゴバルド人もいるわけです。

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 さらに、ウンブリア州に限って言っても、古代ウンブリア人と古代エトルリア人がテベレ川を境に住み分けていたところに、支配者として古代ローマ人がやって来て、その後さらにランゴバルド人が来たわけですから、イタリアという国は、古代や中世から、すでに多民族・多文化だったのだなあと改めて思いました。そして、そう思うと、ランゴバルド人にさらに興味がわき、いつかぜひスポレート公国博物館を訪ねてみたいという思いが強くなりました。

関連記事へのリンク
- 歴史ざんまい今年後半とアヴィニョン旅行の思い出 (16/12/2020)
↑ このカール大帝の本を読み始めたのは12月半ばだったのですが、途中で日本から届いた本を先に2冊読んだり、執筆に追われたりしていたため、ゆっくり読み進めています。
- イタリア最古の民族 (29/1/2014)
- スポレート夜明かりにきれい夏の夜 (12/8/2017)

Articolo scritto da Naoko Ishii

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Commented by ciao66 at 2021-02-21 17:18
現在のイタリア人の祖先の中には、ランゴバルド人もいるというのは興味深いですね。民族大移動でやってきたゲルマン人だったわけですから。そしてスポレートに公国が有って、そこが重要拠点だったというのも。そこはイタリアの真ん中にあるように見えます。その博物館でどんな展示が有るのか、楽しみですね。そのレポートをお待ちしています。
調べていて、ランゴバルドがロンバルディアの語源だということを知りました。並べてみたり言ったりすると確かに似ていますね!
Commented by milletti_naoko at 2021-02-22 17:17
ciao66さん、歴史学者で、テレビや講演でもつい話に引き込まれてしまう中世専門の先生が書いた本なので、現代との比較や、様々な文献による記述の差や、歴史的構築の変遷なども書いてあって、にも関わらず物語のように読めるので、あちこちになるほどおもしろいなあ、もっと詳しく知りたいなあという箇所があって、このランゴバルド人やランゴバルド王国とイタリアの関わりについての記述もその一つです。スポレートがかつてそんなにも戦略的に重要な拠点であったということも意外な発見でした。いつかまたペルージャの外に出られる日が早く来ますように。博物館が開くようになるのは、おそらくまだまだ先のことになるとは思うのですけれど、行けるようになったら、真っ先に行ってみたい場所の一つになりました。
by milletti_naoko | 2021-02-21 09:53 | Umbria | Trackback | Comments(2)