昨日はイタリアの歌謡界の大イベントであるFestival della Canzone Italiana di Sanremo(訳すと「サンレーモのイタリア歌謡曲の祭典」。通称、Festival di Sanremo)も始まりました。リグーリア州の町、サンレーモで毎年この時期に開催されるこの祭典も今年は60周年を迎えました。
たとえば“Nel blu dipinto di blu”という歌は、日本ではサビの部分で繰り返される言葉、「Volare」という題で知られていますが、この歌もサンレーモ歌謡曲の祭典で大賞を受賞して知られるようになり、のちにアメリカのグラミー賞最優秀楽曲賞も受賞しています。
puòは、potereの直説法現在で、主語が三人称単数の際の形です。たとえば歌の冒頭部の「può scoppiare in un attimo il sole」では「太陽が一瞬のうちに爆発してしまうかもしれない」とpuò(potere)は「推量」を表していますし、直前に引用した部分の半ばにある「Il dolore può farci cadere」でもpuò(potere)はやはり「推量」を表しています。けれど、最終部分で「ma l’amore può far tornare a sorridere ancora, imboccare una strada sicura」と歌っている、このpuò(potere)は「(愛は)~できる」と「愛」の力、能力を表しています。
Il dolore può farci cadereという部分以下で、fareという動詞が二度出てきています。
"Il dolore può farci cadere
La speranza potrebbe sparire
Ma l’amore, ma l’amore può
Far tornare a sorridere ancora
Imboccare una strada sicura
Sì l’amore, sì l’amore può"
この部分ではfareという動詞が使役動詞であって、動詞の不定詞を伴って「~に…させる」という意味であることに注意してください。farci はfare + ci (= a noi)ですから、「私たちに~させる」という意味です。「l’amore può far tornare...」の部分では、fareがfarとなっているのは、語呂をよくするために、アクセントのない語尾音の-eが削除されているためです。
昨夜のFestival di Sanremoでは、ヨルダンのラーニア王妃をゲストとして招いていました。インタビューで王妃が話すのを聞いているだけで、国王妃としても母としてもすばらしい人柄だということが伝わってきました。すべての子供が教育を受けられるよう全世界に働きかけ、国民のことを思って国務に携わり、自分の家庭も大切にしてできるだけの時間を子供たちと共に過ごそうと努めているようです。王妃は、イスラム教やアラブ民族への差別解消のために、YouTube上でもコミュニケーションを図っているとのことでした。イタリアのテレビニュースの犯罪・テロ報道や現与党の政策や発言がイタリア国民に外国人、イスラム教徒、異民族などへの偏見を助長する中で、Festival di Sanremoという幅広い大衆に人気のある番組の中で、こうした賢明で尊敬できるイスラム教、アラビア文化の人物を招き、その人となりを皆に知らせる、というのは、政府や知識人が差別解消を訴えるよりもずっと効果的だったのではないかと思います。
「l’amore può far tornare...」の部分では、fareがfarとなっているのは、語呂をよくするために、アクセントのない語尾音の-eが削除されているためです。」
えー!eを省略してしまうなんて!そんなことがあるんですね!?イタリア語ではよくあることなのでしょうか?
先週末勉強していて思ったことなのですが、黄色のgiallaが、映画のジャンルや探偵や刑事という意味もあるのは不思議だな〜と思いました。なにか由来があるのでしょうかね。
みーはさん、こういう削除、切断はトロンカメント(troncamento)と呼ばれ、できるためにはいろいろと条件があるのですがよくあることで、詩や歌にも多いのですが、坂本鉄男著『現代イタリア文法』には、日常生活でよく出てくる次の例が挙げてあります。amor mio, signor Testa, mal di mare(17〜18ページ)。