イタリア写真草子 ウンブリア在住、日本語教師のイタリア暮らし・旅・語学だより。

残念サンレモ2021と昨春初めての山の花

 いい歌や場面、おもしろいなあと思わず笑う場面もあったのですが、今年のサンレモ音楽祭は、今ひとつ残念でした。

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Monte Fionchi , Spoleto (PG) 4/5/2020

 毎日ずっと初めから見ていたわけではなく、金曜などは真夜中頃に夫と20分見ただけなので、すてきな場面を見逃したのかもしれません。けれども、昨晩は9時頃から午後2時頃まで見て、そうして受賞者が決定する頃だけ、テレビの前にまだいた夫のところに戻って、いっしょに発表を聞きました。

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 けれども、近年は、そして昨年は、そういう見方をしていても、感動する場面やいいなあと思う歌があって、よかったなと見終えて思ったように思います。

 わたしも夫も、どうしてこの歌がと思うような歌が大賞と決まったのは、


盛り上がりにかける試合を見続けて、いつかきっとどこかでと起死回生を願い続けた末のノックダウンだったのですが、残念なのはそれだけが理由ではありません。

 歌にも番組にも好みがあることは分かっています。わたしたちがいいなと思った歌で、10位以内にさえ入らなかった歌が多く、




わたしが一番好きだった歌、最後に上位3位に残った歌の中では、夫も一番いいと思っていた歌、エルマル・メータ(Ermal Meta)の歌、『Un milione di cose da dirti』は3位にとどまりました。

 何でもどこかひねて冷めた目で評価するようではありたくないと思うのですが、気になったのは、たとえば最終日だった昨日にも、歌ったあとの歌手や舞台で演奏した人すべてに花束を贈呈する場合もあれば、歌手にさえ花束を贈らない場合もあり、

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意識的なのか忘れただけか、最初から最後まで、花を贈られる歌手とそうでない歌手がいて、一貫性がなく、どこか差別のように感じられたことです。

 でも、感染下という難しい状況下で多くの人々の苦労や努力のおかげで、サンレモ音楽祭が開催されたおかげで、多くの歌手が歌を発表する機会を得たわけですし、昔日本でCDを買って聞いていた歌、夫が懐かしいと思う名曲をいくつか聞くことができたのは、やはりサンレモ音楽祭ならではだと思います。

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 いつも驚くような姿で登場するアキッレ・ラウロ(Achille Lauro)の歌や演技や言葉に、今回のサンレモでは初めて感嘆しました。


 その独自性からひどいことを言われることがあるけれど、ぼくは負けずに生きていく、皆さんもと、はっきり言葉は覚えていないのですが、そういう非難や悪口雑言におそらくは普通の人以上に苦しんでいるであろうことが、舞台の演出からも、また最後に言った言葉からも感じられて、「それでもぼくはぼくですから、自分らしく生きていきます」という言葉に、勇気づけられた人も多いのではないかと思います。

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 新型コロナウイルス感染症感染下であり、長期間にわたったであろう準備中にも、またサンレモ音楽祭開催中にも、大変な苦労や、残念ながら実現不可能だったことも多かったことでしょう。また、会場のオーケストラをはじめ、大勢の方の貢献によって開催された音楽祭であり、劇場が閉まってコンサートが行えない状況の中で、この音楽祭が果たした役割は大きいことと思います。

 山を歩いても、いつもすばらしい風景やかわいらしい花に出会えるわけではありません。ようやく登ることができた頂上で、初めて見晴らしを楽しめるということもあれば、風景や花に会える場所はあったのに、道を間違えたりうっかり別の方を見ていたりしたために、出会える機会を逃してしまうこともあるでしょう。今年のサンレモ音楽祭も、わたしが見ていなかったときに、感動できるような場面があったのかもしれませんし、わたしが気づかぬうちにどこか冷めた目、批評的な心で見ていたのかもしれません。女性差別について語った女性が、「イタリア人の女性たちは」と話し始めて、「イタリア人の女性たち」を称えて呼びかけていたときに、イタリアに住んでいても、サンレモ音楽祭を見ていても、「イタリア人ではない」女性もいるのにと感じてしまったりもしました。

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 写真は、昨年3月10日から2か月間のイタリア全土にわたったロックダウンのゆるやかな解除が始まった5月4日に、ようやく健康のための山歩きであれば、ペルージャ市外から出られるようになったからと訪ねたフィオンキ山で撮影した写真です。

 スポレートの南方にそびえるフィオンキ山(Monte Fionchi)に、今はどんな花が咲いているのでしょう。今年も再び訪ねることができる日が、早く来ることを願っています。

Articolo scritto da Naoko Ishii

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Commented at 2021-03-07 20:01
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by u831203 at 2021-03-07 21:22
なおこさんは。内田洋子さんをご存知でしょう
イタリア在住40年のジャーナリストですね
「ジーノの家 イタリア10景」で日本エッセイスト・クラブ賞を受賞されています
一時帰国したもののコロナでイタリアに帰れず足止めを食ったままだそうですが、イタリアと日本の架け橋となって幅広く活躍されていると新聞記事に出ていました
それでふと、なおこさんを連想した次第です
masa
Commented by Penta at 2021-03-08 01:34 x
今年のサンレモ音楽祭、優勝が決まったんですね。
リンクの動画、拝見したんですが、カンツォーネというよりロックという感じでした。(笑)
もう、今は60年代、70年代のいかにもイタリアを感じさせるメロディーは生まれないんでしょうかね。

2000年にサンレモに行った時は、音楽祭の中継の時だけ、ホテルが静まり返って終わると、また廊下とかで会話とか音が聞こえて来ました。(笑)

その番組を見ていたら、会場の中に日本人女性もいて、インタビューに答えていて、さすがだなと思いました。(笑)

5日間、音楽祭が終わった後、別のホールでサンレモに参加した一部の歌手が登場する番組で、その日の座談会のようなのが放送されていました。


実は1975年ごろからNHKではサンレモ音楽祭が放送されなくなって、カンツォーネも段々と忘れられてしまいましたが、その後、ネットで情報が交換出来るような世の中になってから、日本でもサンレモのCDが発売されているというのを知ってから、また興味を持つようになりました。

その空白期間に出た曲で、後にYouTubeで知った曲では1981年に参加したEduardo De Crescenzoが歌った「Ancora」とか1987年の「L’odore del mare」が好きです。
Minaでもこの曲を歌っているんですが、Mina自身は「Ancora Ancora Ancora」も歌っていて、この曲も好きです。
他の歌手ではPeppino Di Capriもイタリアを感じさせる歌を歌っていると思います。

イタリアの歌手は男女とも音域が広いですよね。
しかも軽々と声が出るのでびっくりします。

日本でもテレビで放送される番組は、日本中心で話されますよ。
どこの国でも、そうだとは思うんですが。
Commented by milletti_naoko at 2021-03-08 02:25
鍵コメントの方、こんにちは。

今日の全国ニュースの報道の中で、司会のアマデウスがサンレモ音楽祭が終わったあとの記者会見の中で、これまでにない新しいものとしよう、音楽を伝えていこうという意図が、結果的に大賞を受賞した曲にも反映されていてよかったと言っていましたし、局としては来年もアマデウスに司会を頼みたいけれども、本人はしばらく考える時間がほしいと答えていたと伝えていました。

わたしたちは残念に思ったのですが、今の若い世代がいいと思う歌は、わたしたちがよいと感じる歌とは違って、そういうふうに時代も好みも変わっていっているのかとも感じています。花についてはとても残念で、今回は、いつもと違って、感染を避けるために取らなければいけない距離や配慮など特別の事情があったとは言え、それぞれの歌手に対する接し方の差になってしまうこともあり、気になりました。

コンテストや賞というのは、選考する人や大衆一人ひとりの好みもありますし、基準も様々ですから、難しいですよね。それでも参加する人が多いのは、わたしもですが、できるだけ多くの人に伝えたいという願いがあって、そのきっかけになるからではないかと思います。

ふだん自分たちが知らない歌手や、聞いたことがない曲に接することができるのが、こういう音楽祭のいいところで、また、モドゥンニョの『ヴォラーレ』がかつて大賞を得て、世界に羽ばたいて言ったように、大切な登竜門でもあるのだなと思います。

いいなと思う歌手や音楽も、かつての名歌も含めて聞くことができたので、また時々ご紹介していけたらと考えています♪ わたしもできれば、愛にあふれた音楽や映画などに触れていきたいなと、こういうご時世だけであるために、なおさらそう感じています。
Commented by milletti_naoko at 2021-03-08 02:29
masaさん、残念ながら存じ上げないのですが、どなたかのコメントか記事で、最近、数か月前だったかに知って、興味を持ちました。ジャーナリストとして活躍されていて、日本エッセイスト・クラブ賞も受賞されているとは、すばらしいですね。

かつて日本の高校で国語を教えていた頃、先輩の先生から勧められて、よく受賞作品を読んでいたのを、懐かしく思い出します。
Commented by milletti_naoko at 2021-03-08 02:39
Pentaさん、60年代、70年代に30代だった義父母も、その義父母から生まれた夫も、やはりかつての歌の方がよかったと感じているようです。音楽はどうしても好みや傾向が変わっていってしまうのでしょうね。カンツォーネはイタリア語では単に「歌」という意味なので、いろいろな歌がありうるのですが、今年ほどその「ロック」の傾向が強い作品が大賞となったことは近年なかったものの、近年大賞だった作品は、どれも過去の大賞作品とは作風がかなり違う曲である場合が多かったことも確かです。

イタリアでは今も、ラジオやテレビで出場した歌手、出場予定の歌手などへのインタビューなどの番組がありますし、今年はインターネット上でもそういう番組がかなり放映されていたようです。

Ancoraは今でもよく懐かしのテレビの場面などを紹介する番組でよく聞く曲で、いい曲ですよね。わたしも好きです。同じ歌手が音域の広さもですが、かなり多様な歌を歌っているのも、確かにおもしろいなと思います。

国中心になるのは、確かに仕方のないことなのでしょうね。
Commented by django32002 at 2021-03-08 07:34
ふとしたときにあらわれるそのひとのかんせいやしそう。
「音楽祭、出来てよかったね」と言える人でいたいです。

Commented by milletti_naoko at 2021-03-08 20:38
django32002さん、いろんな人がいていろんな歌がある。大勢の協力があって皆が楽しめる。感染下でもできたこと、仕事や活躍の機会を得た人がいること、大切だと思います。
Commented by tokotakikuh at 2021-03-09 16:18
昨年の春の風景ですね

今年のイタリアの春は・・動いてますか?
まだまだ先行きの見えない春になりそうですか
by milletti_naoko | 2021-03-07 19:09 | Feste & eventi | Trackback | Comments(9)