イタリア写真草子 ウンブリア在住、日本語教師のイタリア暮らし・旅・語学だより。

第129号「深く美しい愛の歌、エルマル・メータ『Un milione di cose da dirti』」

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 今年のサンレモ音楽祭(Festival di Sanremo)で惜しくも3位となったものの、他の複数の賞を受賞したエルマル・メータ(Ermal Meta)の歌、『Un milione di cosa da dirti』が、このイタリア語学習メルマガ第129号の学習教材です。



1.「深く美しい愛の歌、エルマル・メータ『Un milione di cose da dirti』」




 "Avrei un milione di cose da dirti
  ma non dico niente"
 
「君に言いたいことは数えきれないほどある
 けれど何も言わないよ」

 題名はこの歌のサビの言葉から取られています。男性名詞、milioneは数字で「100万」を意味するのですが、数がおびただしく多い場合に「多数、無数」という意味でも使われます。この歌でも、言いたいこと、言うべきこと(cose da dirti)が、数えてちょうど百万あるというわけではなく、数えきれいないほどに多いと歌っています。Avreiは動詞avere「…を持つ、…がある」の条件法現在で、現在・未来に実現の可能性がある仮定文、「もし…ならば、…だろうに」の帰結部で、「もし君に言うとしたら、言おうと思えば」という条件節の部分が省略されています。

 では「百万」という言葉さえ使いたくなるほど、あふれるほどの思いはどういう思いなのでしょう。

 次のリンク先のページで、歌詞を一通り読んでみましょう。


 それから、歌詞を見ながらもう一度歌を聞いてみて、あるいは、歌詞も添えてある歌の映像(リンクはこちら)を視聴して、un milione di cose da dirti「もし言うとしたら百万、数えきれないほどにある君に言いたいこと、言うべきこと」とは、どんなことかを考えてみてください。

 まずは冒頭の言葉を見ていきましょう。

"Senza nome io, senza nome tu
e parlare finché un nome non ci serve più
senza fretta io, senza fretta tu
ci sfioriamo delicatamente
per capirci un po' di più"

「ぼくも君も名前などなく
 名前などもう必要となくなるまで話してみる
 ぼくも君も焦ることなくゆっくりと
 互いに優しく触れてみる
 もう少し互いのことを知るために」(「 」内は石井訳。以下同様。)

 最初の2行目のparlare「話す」は、文脈から考えると「わたしたちが話す」のでしょうから、文法的に文を組み立てようとすると、parliamoという直説法現在の主語が一人称複数形(noi、わたしたち)であるべきところで、parlareという不定詞を使っています。その文法の枠を外れた一語が、歌詞に書かれた、名前もなく(senza nome)慌てることもなく(senza fretta)、名前(nome)や名前が背負うこれまでの人生や肩書き、時空を超えて、わたし(io)と君(tu)がただ魂どうしで向かい合う、思い思われる二人の在り方を、巧みに表しているように感じます。

 上の訳はかなりの意訳で、たとえば最初の1行、

"Senza nome io, senza nome tu"

は、直訳すると、「名前なしにぼくは、名前なしに君は」となります。

 senzaは英語のwithoutに当たる前置詞で、名詞の前で「…なしで」、不定詞の動詞の前で「…しないで、…せずに」を意味します。このsenzaは3行目でも繰り返されています。

"senza fretta io, senza fretta tu"

 frettaは「急ぐこと」を意味する名詞で、avere fretta「急いでいる」、「急いで、あわてて」といった言い回しでよく使われます。

 とかく急ぎがちな、結果をすぐに求めがちな現代社会にあって、互いを「さらにもう少し」(un po' di più)理解するために、まっすぐに、ゆったりと向かい合って優しく触れ合う二人の様子が、繰り返される言葉や畳みかけるようなリズムからも、伝わってくるように思います。

"tu diventi più bella ad ogni tuo respiro
e mi allunghi la vita inconsapevolmente
Avrei un milione di cose da dirti, ma non dico niente
in un mare di giorni felici annega la mia mente
ed ho un milione di cose da dirti
ma non dico niente
ma non dico niente"

「君は一息つくたびさらに美しくなり
 自分では気づきもしないうちに、ぼくの命を長くしてくれている
 言おうと思えば、君に言いたいことは山ほどあるけれど、でも何も言わない
 幸せな日々の海の中に、ぼくの心はおぼれている
 そうして、君に言うことはいくらもあるけれども、
 でも何も言わない 
 でも何も言わない」

 音楽も語られる愛の思いも少しずつ高まってきて、ma non dico niente「でも君には何も言わない」と繰り返す、けれどもその言わない思いの、愛の大きさや深さが、歌詞やメロディーからはっきりと感じられて、胸を打ちます。

"Il tuo viaggio io, la mia stazione tu"

 誰もが知っている、きっと初級の皆さんもご存じの日常の言葉を、思いのたけがつまった愛の言葉にしてしまえる歌詞にも、感嘆します。

「君の旅(viaggio)であるぼく、ぼくの駅(stazione)である君」

 著作権の侵害にならないように、これ以上の引用や訳は控えますが、聞けば聞くほど、読めば読むほど、いい歌だなあと感じています。皆さんもぜひ、辞書を片手に語彙をさらに調べ、何度か歌を聴いてみてください。

 愛と幸せをいっぱいに感じている語り手の気持ちは、何も言わなくてもきっと相手にも、表情や声やしぐさや行動から、しっかりと伝わっていることでしょう。

 ここまでの解説で、赤い字で記しているのは、すべて現代イタリア語で使われる語彙の86%を占める基本語彙2000語に含まれる単語です。(詳しくは第128号

 閑話休題。それに引き換え、イタリアで最近放映された、刑事ドラマシリーズ、モンタルバーノのテレビでの最終作とされるドラマを最近見て、長年の恋人に言うべきことを言わずに、だんまりを決め込む主人公にはあきれました。

 興味のある方はぜひ次の記事中の映像で、モンタルバーノとリーヴィアが別れることとなる電話の会話のイタリア語を聴いてみてください。会話の概要も日本語で要約し、ご紹介しています。





2.1月以降にブログに移行したバックナンバーのご紹介


 最近も、ブログの記事の方に、このイタリア語学習メルマガのバックナンバーの移行を続けています。以下に、前号を発行したあとに移行した記事のリンクを添えておきますので、よろしかったらぜひお読みください。


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 できるだけ季節に合った記事をと考えて、ブログに移行しているバックナンバーは、こちらの「タグ:イタリア語学習メルマガ バックナンバー」のページからご覧になれます。移行する記事は、できるだけ多くの方の目に触れるようにと、最近では移行する日の年月日で投稿していますが、後日また、本来のメルマガの発行年月日に直しています。また、バックナンバーの内容を文字で一覧し、歌や映画や本、話題、文法項目などからも記事を参照できるように、イタリア語学習メルマガ移行済みバックナンバー一覧のページも設けてありますので、ぜひご覧ください。



3.3月22日開始 ディーパク・チョープライタリア語版瞑想講座


 これまでもしばしばご紹介しているディーパク・チョープラのイタリア語版21日間瞑想講座が、3月22日月曜日から開催され、オンラインで無料で受講することが可能です。心を勇気づけ、望ましい在り方に気づかせてくれることが多く、また、ゆっくりと英語で話すディーパク自身の言葉とイタリア語訳が交互に流れますので、英語が分かれば、内容が理解できると思います。興味がおありの方は、ぜひ登録して聴いてみてください。

21 giorni di meditazione con Deepak Chopra - Diventa quello in cui credi

 それでは皆さん、どうかお体を大切にお過ごしくださいね。
 

 このメルマガを無料で購読できるページへのリンクは、こちらです。


*追記:今号をブログに移行するにあたって、次の号で紹介している新しいデ・マウロのイタリア語基本語彙辞典に基づいて、

記事の説明中の単語を、次のように色分けしてあります。

基本語彙2000語現代イタリア語で使われる語彙の86%を占める
次いで使用頻度の高い3000語
上のいずれにも該当しないものの、イタリア人話者がよく使うと知覚している約2500語


Articolo scritto da Naoko Ishii

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Commented by tokotakikuh at 2021-03-21 13:53
ことばって・・
日本語ほど、愛を語るに不似合いな言葉はない(笑)
昔、フランス語にかぶれた、わが弟が嘆きました(笑)

英語ではない、あのシャンソンやカンツオーネに語られるようにね(笑)

耳から入る音楽ですね
当たり前でしょうが( ´艸`)
意味わからなくても、何かを感じる五感です

その意味でね・・
不思議なのがハングルです
わたしは、ここ数年
ハングル語の歌を毎朝、耳から聞いてます(笑)
勿論、意味不明ですがね
なぜか、情景が浮かぶんです・(笑)

そんな意味でも
韓国は、やはり、大陸なんですよ
ハグが好きだし、感情表現が、アジアン系じゃないんです(笑)
Commented by meife-no-shiawase at 2021-03-21 17:40
ヨーロッパの言語は全然わからないですが
音楽のメロディに乗せるとふわりと気持ちに入ってくる感じがします。
前にも書きましたが、イタリア料理のお店に行ったら
軽快なイタリア語の音楽がずっとかかっていて、すごく気分が良かったです♪

だんまり・・・って良くないですよね。
私も嫌いです。
それで相手に結論を言わせるなんて、ひどい男です~っ!
Commented by milletti_naoko at 2021-03-23 01:33
zakkkanさん、実はわたしが一番好きな愛の歌、恋の歌は、もっぱら平安時代に詠まれた和歌の数々です。中学校時代にクラスが別れた友人と同じクラブ活動をしたいばかりに入ったかるたクラブで、機知と風情に満ちた平安時代の貴族の日々に興味を持ち、大和言葉のやわらかな美しい響きに魅かれて古文が大好きになり、そのすばらしさ、おもしろさが高校生たちに伝わればとかつて日本で授業をしていましたし、ペルージャ外国人大学で日本文学を教えることになったときにも、一番教えたかったのは、和歌やその贈答を中心とする古典の世界でした。

ハングルやその歌の世界、夢中になっていいなと思える、耳と心に心地よい好きなものが見つかって本当によかったですね♪
Commented by milletti_naoko at 2021-03-23 07:08
メイフェさん、わたしもたぶん中国語の歌は、漢字で読んだらなんとなく見当がつくところがあっても、耳から聞いたらさっぱりだと思いますので、何と言っているのかわからないけれど、心に入ってくる歌というのはあるだろうなと思いながら拝読しました。あれは大学生の頃だったか、高校教員になってからだったか、ラジオの漢詩講座を聞いていたら、中国語での朗読もあったようにぼんやりと覚えています。情景を彷彿させるようなメロディーや響きが、言葉は分からなくともありますよね。メイフェさんがお店で聞かれたのがどんな曲だか気になります。

と同時に、そういえば、いつものオルヴィエートの日本料理店でも、わたしは知らない曲の場合が多いのですが、いつも何かしら日本の若い女性が歌う歌が流れていて、それをイタリアの人たちはどんなふうに感じて聞いているのだろうとふと思いました。

そうですよね〜 ありがとうございます♪ 警察官としても人間としても男性としてもすばらしい主人公だと、ずっと思いながら見てきた挙句に、最後にこのだんまりはないでしょう! というわけで、わたしもまだ納得が行きません。そういう人が多いと知ってほっとしています。
by milletti_naoko | 2021-03-20 23:45 | Film, Libri & Musica | Comments(4)