2022年 04月 04日
ロザリオの祈りの9日間祈祷 ノベナ 明日まで家族・友人と

葬儀があった8日の晩から3日間、今晩まで、毎晩身近な親族が集まって、ロザリオを唱えました。祈りのあとで、義母の従姉妹にあたる伯母が中心になって昔の回想が始まり、「小さい頃、レスキオの家の暖炉の前に集まって、毎晩おじさんやおばさん(つまり、義母の両親)やいとこたちとロザリオを唱えたのだけれども、わたし、おばさんの唱えるロザリオが大好きで……」など、興味深い話もたくさん聞くことができました。













聖母マリアの祈りを交互にするのかしら、、 一つ玉のところは
使徒信教とか??
正式に知らないです〜
私は 口語訳でなくていまだ 文語調のしか おぼえてなくて、、
なかなか 口語調をとなえきれないのですよ〜
例えば
「めでたし 聖籠(せいちょう)満ちみてるマリア
主は御身とともに居ませる
御身は女のうちにて 祝せられ
御胎内のおん子イエズスも
祝せられたもう〜
などと 子供の時は訳も分からずの 呪文でしたよ〜
母の父が亡くなった時は
家族で お通夜には ロザリオの祈りをとなえていたようですが、、
イタリアでは熱心なカトリックのおうちでは ご近所の方も集まり唱えるのですね〜
魚はキリスト教のシンボルなので、お魚に似た雲はお義母さんが天国で見守っているというメッセージなのかもしれませんね。
おお、文語で覚えられているんですね。そう言えば、ルルドからのイタリア語でのロザリオの放映も、Salve Reginaをラテン語で歌っていますし、義父母が若い頃はミサもロザリオの祈りもラテン語で行われていたそうです。
確かに魚や船はキリスト教の大切なシンボルですよね。そう言えば、マルケ州の友人たちが、蝶を見ては、亡くなった人が訪ねてきてくれているのだと言っているのを聞いたことが、遠い昔にあります。

そういえば 子供の時は
ミサのところどころでは ラテン語でした、、
これも 意味はしらずに
「セクラ セクロウオ〜」などとね〜
ミサがラテン語ではなく、世界各国の現代の言葉で執り行えるようになってから、まだ60年ですものね。そう言えば、とあるアメリカ映画で、「ラテン語で説教で何を言っているのか分からなかったときの方が、ありがたく思って聞くことができていた」というセリフがありましたっけ。