イタリア写真草子 ウンブリア在住、日本語教師のイタリア暮らし・旅・語学だより。

戦争と平和と言語、映画『君たちはどう生きるか』

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 5日の夜は夫と、宮崎駿監督の映画、『君たちはどう生きるか』を映画館に見に行きました。イタリア語の題名は『Il Ragazzo e l'Airone』、「少年とアオサギ」です。平日の夜に子供から若者まで意外と大勢の人が鑑賞しに来ているのを見て、日本や宮崎映画への関心が高いのだとうれしかったです。





 冒頭の空襲の警報と燃え上がる町並み、病院、大切な人を救おうとし失って悲しむ人々の姿に、今も爆撃が続くウクライナとパレスチナが重なり思いを馳せた人は、きっとわたしの他にも大勢いたことと思います。多くの犠牲はけれど、日本によって他国にも多くもたらされ、日本でも日本の攻撃を受けた国でもかけがえのない多数の命が失われ、破壊行為が繰り広げられたこと、その必要のない戦争に突き進んでいったのが自国であったことを、けれど当時は大半の人が知ることさえできず、ただただ自らや大切な家族の命を脅かす空爆や、愛しい家族が兵士として戦地に赴くことを、表向きには悲しみを表明することさえできず、苦しんでいたことと思います。

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 今年5月に陸軍外国語学校とペルージャ大学が合同で開催した「平時と戦時における価値の伝達」というテーマのシンポジウムでは、ロシアやウクライナのジャーナリストなどからの発表もありました。ウクライナの女性の発表では、戦禍の恐ろしさと戦時における詩の変容が語られ、「ウクライナから移民としてロシアに渡り、今はロシアで暮らしている親戚が多いのですが、その親戚はウクライナがロシアからどんなに激しい空爆を受け、多数の町が崩壊し多くの犠牲者が出ていることをまったく知らずにいて、わたしの言うことを聞いても信じてくれないのです」という話もあり、恐ろしいことだと思いました。自国がどんなに残酷な攻撃を他国に対して行なっているか、それを知らずにいる市民が多い、あるいは、そういう攻撃をすっかり正当化する自国のマスメディアの放送を市民が信じ込んでいる、特に戦中にはそういうことが多いのだと思います。

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 先日訪ねた世界のプレゼーペ展には、ロシアのプレゼーぺもありました。昨年5月から、わたしが個人授業で日本語を教えている若夫婦は、だんなさんはイタリア人、奥さんはロシア人です。ペルージャ大学で中国語・中国文学を専攻した二人の家に、年末年始に奥さんのご両親がロシアから来て2週間ほど滞在し、わたしが若い二人に出会って日本語を教えるきっかけになった中心街の日本料理店にも、一度は4人で夕食を食べに行ったそうです。去年最後の日本語の授業で、日本語版の「きよしこのよる」を二人に教えて、いっしょに何度か歌い、ロシアのクリスマスについて尋ねたとき、奥さんは「ロシア正教会のクリスマスは1月6日なのですが、元旦に盛大に祝うことが多いんですよ」と、教えてくれました。また、今年初めの授業では、「二人で何度も日本語のクリスマスの歌を歌ったんですよ」と、うれしそうに語ってくれました。

 そういう話を夫にしたとき、夫が「ロシアのご両親は戦争についてどう考えているのか、聞いてみたかい」と尋ねたことがあるのですが、わたしは「おそらくロシアではウクライナで残虐な戦争を行っていることは報道されていないだろうし、たとえ報道があっても、その行為が正当化されてしまっているのではないかしら」と答えました。「でも、イタリアの報道で、実際にどんな行為が行われているかは見ただろうし、若い奥さんはイタリアに住んでいるのだからニュースを見て知っているだろう」と夫は言います。自国がそんな戦争をいつまでも続けることについては、他文化に興味を持ち、中国語や日本語でさえ勉強する奥さん自身がきっと誰よりも苦しんで辛い思いをしていることだろうと考えて、わたしはせめて授業の間は日本語の勉強を楽しんでほしいと思い、戦争には触れたことがありません。

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 世界のプレゼーペ展にはまた、パレスチナのそれは美しい真珠貝細工のプレゼーペもありました。わたしが教える外国語学校では、ウクライナ人の先生やロシア人の先生も教えています。かつてちょうど同じ時期に講座を担当して親しくなったヘブライ語の先生は、イスラエル人女性ですが、イスラム教徒です。ヘブライ語もアラビア語も話せるバイリンガルですが、母語はアラビア語で、イスラエル人であってもイスラエルでは第二の市民扱いを受けているのだと言っていました。夫婦でもう長くイタリアに暮らしているのですが、彼女のだんなさんはパレスチナ人です。イスラエル人だからと言って決して、パレスチナへの攻撃に賛成しているわけではなく、一方ではイスラエル国内での教育や報道によって、実際に自国がどんなに恐ろしいことをしているかを知らない人、あるいは知っていてもそれを恐ろしいことと思わない人も残念ながら少なくないのではないかと思います。

 5月の学校と大学合同開催のシンポジウムでは、戦時下の報道における報道規制や事実の歪曲、真実を伝えようとする記者に対するロシア政府の弾圧や時には殺害にさえ至る制裁についても発表がありました。ロシアでも、そんな中で自らの命を賭して真実を国民に伝えようとする記者たちが大勢いることも、そのシンポジウムで知りました。

 日本のNHKにあたるイタリアの公共放送Raiでは、メローニ政権になってから、見識と心ある司会者による教養番組が次々に駆逐されています。人気のある番組であるおかげで、幸いそういう番組は、司会者ごと他局に移り放映が続いているために見ることができるのですが、こうした番組では、新型コロナウイルス感染症がイタリアで拡大し大勢が亡くなったり苦しんだりしていたときに、権威ある医師を呼んで、対策やワクチン接種の大切さを訴えていましたし、社会的平等や弱者への思いやりという視点から、いたずらな移民排斥や差別的、非人道的対応に対しては異を唱えていました。「イタリア人を、伝統的な価値だけを大切にしよう」と公言してはばからないメローニ政権は、結局のところは実はイタリアで苦境を強いられている多くの家族や人々に対しても冷たいわけで、政権によるマスメディアの圧迫のために、国民が真実やきちんとした視点を得られなくなることのないように願っています。

 イタリアでも日本でも、どうか国が暴走して戦争に突入してしまうことのないよう、そういう危機があればマスメディアを通して知ることができ、市民が政治に参加することでそれを断固として阻むことができるよう願っています。そのためには、市民が日頃から報道に対する規制に目を光らせて、正しい報道ができない状況になっていると分かれば行動に訴えていくこと、それが、民主主義や平和を守り続けていくためには不可欠であり、今こそ大切なときはないと、痛切に感じています。

Articolo scritto da Naoko Ishii

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Commented by cut-grass93 at 2024-01-08 09:17
戦況が段々ロシア優勢に傾いてきました。
NATO諸国はロシアが勝つと判断して、彼らは
戦後のことを見越してウクライナへの支援をSTOPしてしまいました。ズルイ判断です。
しかし日本だけがウクライナ支援を続けると昨日ウクライナ訪問して約束してしまいました。お人よしです。
これでますます戦争終了後の日本の立場がメンドクサイことになりそうです。
Commented by katananke05 at 2024-01-08 09:53 x
先日台湾にいったときに
あちらの若者が  背が高い者もおおくとてもガッチリした体格をしていて、、
日本の 草食若者(細くて うつむき電車でも携帯ばかりしている)と違う印象が強くて、、
ひょっとして 台湾は 中国がらみで 兵役制がありということも理由の一つかもと思いました〜
自国が 乗っ取られる 侵略される危機に ひんしたときには
この制度も 真剣に考えられるけど
第二次大戦で 間違った思想をふきこまれ 結果負けた日本では
これまで 「平和」が続いたせいもあり 「兵役」は タブーな?言葉のように扱われたけど
いまさらに ちょっと平和ぼけかも、、と おもわれる
周りの状況です

イタリアは 「徴兵制」はないけど
「軍隊」は あるのですよね?
Commented by minoru2703 at 2024-01-08 12:33
全く同感です
日本ではマスコミはマスゴミと言われ、政治家や大衆に迎合し真実を伝えていない面もあります
最近は新聞やテレビを見ず、ネットで情報収集している人も多いけど、これにも問題は有って、自分に都合の良いものだけ見てデマや嘘に扇動されやすくなります
ワクチン騒動でも陰謀論者が大量発生しました
結局それぞれが自分で判断する目をしっかり持たないとだめなんですけどね
Commented by koito_hari616 at 2024-01-08 15:14
こんにちは

なおこさんから教えて頂いた ブレゼーベ は
私たちは 馬小屋 とそのまんま言っております
私が40年ほど前に受洗した時に神父様より
日曜学校を任されて、私たちのお教室が
聖劇を担当しました(神父様のご指名)
なので、お礼で神父様が東京四谷のカトリック教会の近くに有る書店にて
そこで、求めて下さって立派なものを頂きました
最初は出していたのですが、仕舞うのが大変なので。。。💦
これからはイースターの四旬節に入りますが
つかの間のクリスマスの救世主を待ちわびたお祝いは終わりを告げます
許しと慈しみは永遠のテーマですね
色々と教えてくださってありがとうございます♪
Commented by milletti_naoko at 2024-01-08 19:53
草刈真っ青さん、最近は出かけたり集まったりでニュースを
追えていないのですが、そうなんですか。そう言えば、
昨年末の番組で、イタリアのジャーナリストが、アメリカは
民主主義を広めると言ってはあちこちで不要な戦争を始めては
負け続け、いたずらにNATOでヨーロッパを巻き込んでおいて、
自分たちだけ手を先に引きがちだと言っていました。
Commented by milletti_naoko at 2024-01-08 20:01
katananke05さん、イタリアは2005年からは徴兵制はないのですが、
志願制になり、軍隊はあります。近年では紛争地域での平和維持活動に
携わることが多く、わたしが日本語を教えた生徒の中には、コソボや
アフガニスタンなどで長く働いた人たちもいて、中にはセルビアの事務局で
文房具の手配と調達を担当していたのだけれども、あるとき突然の爆撃で
幸い後に残る大きなけがではないものの負傷したという人もいます。

志願の理由は様々ですが、平和と国を愛し、責任感を持って仕事をする
優しく真摯な方たちが多いことを、接する機会が多くなって初めて知り、
最初の頃は驚きました。屈託のないきさくな人も多いのですが、
南部出身の人が過半数であることも(少なくともわたしが接した中では)
その理由かもしれません。
Commented by milletti_naoko at 2024-01-08 20:16
みのるさんも、危機感を抱かれているんですね。
おっしゃるようにインターネットの情報は、まやかしの情報が
まことしやかに伝えられていてだまされる人も多いので、
それも問題ですよね。イタリアでは現政権がワクチン反対者の票にも
助けられて生まれたこともあり、反対者に遠慮して、現在特に持病のある方や
高齢者にはワクチンが必要であるのに、その情報をなかなか伝えられていないし、
接種ができる整備も整いにくくなっていると年末に聞いています。

そうやって自分で判断する目や心、頭をもつ市民を育てるためにも、
きちんとした情報を伝えて、いろいろな視点から情報を分析して教えてくれる
番組というのが大切ですし、そのための教育が大切なのですが、そういう番組は
政府から目をつけられて他局に移り、教育費は削減されて、日本もですが
イタリアもこれからの先行きを心配しています。
Commented by milletti_naoko at 2024-01-08 20:22
結うさん、馬小屋という日本語はそのまま生誕場面を
象徴していていいですね。すばらしい聖劇を皆さんが
協力して行われたことに、神父さまも感嘆して、すばらしい
贈り物をくださったのでしょうね。

昨日は解散していた夫たちの合唱団が再び集まって、
かつての団長さんが現在暮らされている老人ホームで
クリスマスのコンサートで歌いました。
次回は復活祭で、今年は3月なのでまたまもなく歌の練習が
始まりそうです。

こちらこそ日本の教会での様子をおうかがいできて興味深いです。
ありがとうございます。
by milletti_naoko | 2024-01-07 23:58 | Feste & eventi | Comments(8)