イタリア写真草子 ウンブリア在住、日本語教師のイタリア暮らし・旅・語学だより。

人生を未来へと拓く10分間 映画『Dieci Minuti』

 「今までの人生で一度も体験したことがないことに、10分間挑戦してみなさい。」

 「心が打ち砕かれて、どうしていいか分からない」と言う主人公、ビアンカに、精神科医は、こう提案します。

 「どうしてもできずにいることは何ですか。毎週のセッションまでの間に、どんなことでもいいから、これまで未知だった領域に足を踏み入れて、10分間の新しい体験をしてみるんです。」



 昨夕は夫や友人たちと、映画、『Dieci Minuti』を見に行きました。

 果てしのない悲しみと苦しみを訴えるビアンカに、「かわいそうにと話を聞いてもらえるとでも思っていたの」と、女医はそっけがなく、「わたしは患者自身が行動を通して視点を変えていくことで苦しみを克服していく、そういう治療を行なっているのよ」と言い放ちます。同時に、作家になりたいと願っているのに、どうして周囲の人や相手が、何を考えているのか、どういう状況に置かれているのかを知ろうとしないのかと問い、ビアンカが他人にもっと関心や思いやりを持つようにと働きかけます。

 ネイルサロンに入店してマニキュアをしてもらう、見知らぬ人の葬儀に参加する、遠い昔につきあっていた男性に再会する、デパートで万引きをする、大勢の前で舞台で朗読をする、路傍でヒッチハイクをして見知らぬ人の車に乗せてもらう、故郷のシチリアに戻って母に事実を伝え、母の心のうちを聞こうとする……

 物語が常に時間軸に沿って展開するわけではなく、突然に過去のできごとが語られることが何度かあり、そのたびに、それが実は過去のできごとの回想や説明なのだということを分からぬままに鑑賞してしまい、とまどいました。

 けれども、そういう手法のおかげで、ビアンカの苦しみの原因となった突然の夫からの別れの宣告は、単に夫が身勝手な情け知らずだからではなく、ビアンカが自分の苦しみに精一杯で、病気や死の恐れと向き合って苦しんでいた夫の心のうちを思いやることができなかったのだということが、ビアンカ自体が夫の苦しみに気づいて思いやり始めると同時に、鑑賞するわたしたちにも明らかになってきます。視点が変わると、世界や自分の心の持ちようが変わってくるのだということが、わたしたちにも感じられるのです。


 これまでの人生でしたことのなかったことを10分間してみることを通して、ビアンカは、それまで自分が前を通り過ぎていたのに気づかずにいた人や店、人生には様々な苦労や悲しみを抱えた人がいること、身近な人が秘めてきた苦しみなどに気づき、自分の苦しみばかりを思い悩むのはやめ、世界や他の人たちに目を開き、思いやりを持てるようになり、そして、それを通して、前を向き、いろいろな人と関わりながら、新たな人生を生きていこうと思えるようになっていきます。

 ローマ近郊のものと思われる湖と、ナポリからパレルモへと船で向かうビアンカの瞳に映る広大な海と美しい夕景、パレルモのどこまでも澄んだ青い海。

 映画が終わりに近づくと、さわやかな湖の風景、命を産み育む母なる海とその澄んだ水が大きく画面に映し出されて、新たな人生を踏み出そうとする主人公の心と重なるようで、そしてその決心を包み、祝福するようでした。

 イタリア語で「10分」という題名のこの映画は、Vogueイタリア版の記事によると、



キアーラ・ガンベラーレ(Chiara Gamberale)の小説、『Per dieci minuti』(意味は「10分間」)の核となる部分はそのままに伝えつつも、主人公の名前が変わり、新たな登場人物も加わって、想を得て自由に創り上げられた映画となっているとのことです。

人生を未来へと拓く10分間 映画『Dieci Minuti』_f0234936_23383954.jpg
https://www.feltrinellieditore.it/opera/per-dieci-minuti/

 昨夕いっしょに映画を見た友人の中には、この原作の小説をすでに読んでいた人もいて、映画もよかったけれども、本の方がよかったと言っていました。映画を見ただけでは分かりにくかったことも、より理解できることでしょうし、わたしもいつかこの本を読んでみたいなと思いました。

 新たなことに挑戦してみること、人を思いやることで、自分の殻を打ち破り、世界に目を開いていく。わたしも心がけていきたいと考えています。

Articolo scritto da Naoko Ishii

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Commented by katananke05 at 2024-02-08 09:46 x
なるほど Ten minutes ですね〜
いままでやってみたことないこと
やって見るという中に
「万引き」というのが入ってるのには 驚きですが
なかなか興味深い精神「療法」ですね〜
こちらでも公開されたらみてみたいです〜
Commented by koito_hari616 at 2024-02-08 10:10
こんにちは

「かわいそうにと話を聞いてもらえるとでも思っていたの」
↑女医さんの言葉が心に突き刺さります
自分だけが悲しいわけではなく、辛いわけでは無くて。。
地球上の人々は複雑な思いを抱えている時代
利己的 では解決できなくて 利他的 は思いも及ばない
女医さんの言葉が強烈過ぎて、そして納得できる今です

Commented by pothos9070 at 2024-02-08 15:07
なるほど!
私も何か新しいことに挑戦してみようかと思わせられるお話しでした。
20代くらいの若さがあればいいのにな(笑)
ささやかな事しかできないけど、写真でもやったことがない写し方ってできそうかも。
無茶苦茶になりそうですけどね^^;

または逆立ちして鼻からうどん食べるとか(゜_。☆\(--;あほっ!!
Commented by meife-no-shiawase at 2024-02-11 07:02
この原作、日本で翻訳されているでしょうか。
読んでみたいです。

私も最近、心理学の勉強をしたのですが、改めて考えてみると
一番長く付き合ってきている自分のことって案外、知らないものだなって思い驚くことが多くありました。

10分間って短いようでものすごく長い時間だなって思います。
でもその中で体験できることって色々ありますよね。
10分間の挑戦・・・私もやってみたくなりました。
映画も観てみたいです。
Commented by milletti_naoko at 2024-02-12 17:16
katananke05さん、万引きにはわたしもびっくり、そして
はらはらしたのですが、警察官もそののち戸口に現れ、
万引きを誘う映画にはなっていないので、主人公には悪いのですが、
どこか安心しました。
療法は犯罪は想定していなかったと思うのです。
Commented by milletti_naoko at 2024-02-12 17:21
結うさん、こんにちは。
そうなんです。実は主人公は自殺未遂さえ試みていたということは、後に
なってからその場面が流れて分かるのですが、その際の担当医でありながら、
いえ、だからこそ心にかけてこういう厳しい言葉を放ったのだと思います。
Commented by milletti_naoko at 2024-02-12 17:29
ぽとすさん、わずか10分でも新しい体験をしてみることで、
新たな扉を開くことができて、自分も世界も変わるとは、おもしろい
なあと思いました。

写真も、ブログでぽとすさんたち皆さんの写真や、皆さんが写真展で
ご覧になった写真を拝見すると、世界が広がるようで、ああこういう撮り方
や世界もあるのだととても興味深いです。

逆立ちして鼻からうどん! 
Commented by milletti_naoko at 2024-02-12 18:38
メイフェさん、作者名をカタカナで検索してみるという方法で調べて
みたのですが見つからないので、おそらくまだ日本語には翻訳されて
いないのだと思います。

心理学の勉強をされたのですね! 自分自身でも知らないことが多い、
そういうことがあるのですね。今読んでいるピランデッロの本は、
わたしが自分で認知している自分と、他の人たちが認識している
「わたしの姿とわたしとはこういう人物」は異なるという考えが
いくつにも展開して掘り下げられているので、まさかこんな小説
だったとはと驚いています。

これまでしたことがないことを試みてみること、おそらくはそれに
挑戦しやすくなるように「10分間」という制限を設けている
のでしょうし、その10分が人生の窓や他の道を開いていくのです
からおもしろいですよね。いつか台湾や日本でも上演、放映される
機会がありますように。
by milletti_naoko | 2024-02-07 23:47 | Film, Libri & Musica | Comments(8)