イタリア写真草子 ペルージャ在住、日本語教師のイタリア暮らし・旅・語学だより。

昔の仕事で使ったアプリ 片づけて雨上がりの湖のように晴れた環境と心をというお告げかも 頑張ろう

昔の仕事で使ったアプリ 片づけて雨上がりの湖のように晴れた環境と心をというお告げかも 頑張ろう_f0234936_20115025.jpg
 数年前に、とあるイタリアの多国籍企業とそのアジア担当のマネージングディレクター、日本のある大企業の間で行われるオンライン会議に、日本語・英語間の通訳として参加し、さらに、その会議の内容を日本語と英語でまとめて、イタリアの企業に送るという仕事を請け負ったことがあります。

 日本で愛媛県立高校の国語教師として12年間働いたわたしは、「職員会議の記録を取るのは、国語の若い教員」という不文律の規則があったので、少なくとも二つの高校で、職員会議の記録係をしていました。ですから、会議の記録を取るのは比較的慣れている方だと思います。けれども、自分が通訳として参加する会議は、聞いたことをすぐに訳して他の人に伝えなければいけないため、会議中は通訳のために必要な最低限の数字やキーワードなどしかメモを取ることができません。

 わたしが通訳と記録を請け負うことになったオンライン会議は、そのたびに日本企業の方が設定して、参加者全員に招待メールを送っていました。そこで、会議が終わったあとに内容を英語と日本語で要約して、イタリアの多国籍企業に文書を送るために必要だからと、イタリアの企業を通じて日本企業の方にオンライン会議を録画してくださいとお願いしました。会議ではしばしばMicrosoft Excelで作成された大きなワークシートを画面で共有して、その表に書かれたことについて質疑応答があったりもしたために、音声だけではなく、画面の録画も必要でした。さらに、この仕事で通訳と記録を務めた数か月の間に何度も開催されたオンライン会議のたびに、わたしの方からも招待メールを送ってくれた日本企業の担当者に、会議前にオンライン会議の録画をお願いし、担当者の方からは了承しましたとお返事を頂いていました。ところが、この仕事を請け負っていた間じゅう、オンライン会議が終わってしばらく待っても録画内容が送られてこないので、毎度わたしの方から催促する必要があり、結局日本企業からは毎回「今回もどういうわけか録画ができませんでした。でも、AI記録はできていましたのでお送りします。」というメールが、添付されたAI記録と共に届くばかりでした。Microsoft Teamsを使ってのオンライン会議で、会議を録画できるのは、会議を主催する日本企業の方だけで、わたしにはMicrosoft Teamsを利用して録画する権限がありませんでした。AI記録も何もないよりはましだったのですが、英語と日本語の2言語が使われる会議なので、AIもどちらの言語が話されているのか把握できないのでしょう、AI記録は、話されたのは日本語なのに英語だと解釈して英語としては意味が通じない言葉や文字を連ねていたり、その逆で英語で話していたのにとんでもない日本語と解釈して記録していたりしたので、このAI記録とわたしが通訳をしながら辛うじて書き留めたわずかなメモだけでは、1時間ほどにわたったように記憶している会議の内容を思い起こしてまとめるのが大変でした。

 そこで、途中からは「この日本企業は今回もきっと録画に失敗するだろう」とあきらめて、わたし自身が自分のパソコン上で、Quick Time Playerを利用して、オンライン会議中の画面を録画しておくことにして、毎回オンライン会議の前に、その録画の許可を日本企業とイタリアの多国籍企業の両方から取っておきました。けれども、もし日本企業が録画に成功していれば、自社の会議室に関係者を集めて、オンライン会議そのものを運営するパソコンもそこにあるわけですから、録画の音声も質がよく聴き取りやすいものとなったのでしょうが、わたしのパソコンが録画した会議の音声は、日本企業のパソコンを介してわたしのパソコンに届き、さらに録画するという過程を通して、二重三重に音声の劣化が起こっていたこともあり、音声の質がひどく悪かったのです。そのため、会議中には聞き取れていた日本語や英語の言葉でさえ、録画した画面を何度も再生し聴き返して、「これはいったい何の話をしていたのだったっけ」と、はちゃめちゃなAI記録と突き合わせながら、思い出す必要がありました。

 しかも、英語でも日本語でも、慣れぬ専門用語が頻出するオンライン会議だったので、数度の会議を経て、ようやく何が原因でミスが多発していたのかが分かり、数か月後にこの一連の仕事が終わったときには、本当にほっとしました。このオンライン会議は日本で開催されていたために、イタリア時間では早朝となり、他の仕事とは重ならなかったのですが、いつ次の会議があるかという連絡が直前に急に来ることも多かったため、旅行などの予定も立てづらかったのです。

 どうして今になってこの話をするかと言うと、あれから数年経った今になっても、

昔の仕事で使ったアプリ 片づけて雨上がりの湖のように晴れた環境と心をというお告げかも 頑張ろう_f0234936_01403938.jpg

その仕事を請け負っていたわずか数か月の間だけ利用していたQuick Time PlayerのアイコンがiMacのデスクトップのDockに毎回現れるからです。しかもiMacを起動するたびに、長い間使っていないこのアプリケーションが、どういうわけか開いた状況でドックに現れるのです。

 わたしがよく利用するアプリを画面の片隅に常に配置して、必要なときにはクリックすればすぐに開いて使えるようにするというのがドックの役割のはずなのですが、最近は、もう仕事の上で毎日使う必要がなくなったのに、パソコンを起動するたびに、デスクトップのドックにアイコンが表示され、しかもすぐに使えるように開くアプリケーションが三つもあります。

昔の仕事で使ったアプリ 片づけて雨上がりの湖のように晴れた環境と心をというお告げかも 頑張ろう_f0234936_18444337.png

 先述の会議のために利用したクイックタイムプレイヤーと、Google Chrome、Microsoft Excelの三つです。

 今年5月から外国語学校で、すでに対面授業で長期にわたって教えた生徒に対する、日本への赴任前の復習のオンライン授業があり、その授業をするためには毎回グーグルクロームからオンライン授業のプラットフォームにアクセスする必要がありました。そうして、勤務記録は、対面授業であれば学校で紙の出勤簿に記入して署名をすればいいのですが、オンライン授業の場合には、エクセルのオンライン出勤簿にアクセスして入力する必要がありました。それで、このオンライン授業があった今年6月までの間は、確かにグーグルクロームとエクセルをしばしば利用したのですが、以後はまったく使っていないと言うのに、この三つのアプリが毎回画面に開いた状況で現れるので、そのたびに、

昔の仕事で使ったアプリ 片づけて雨上がりの湖のように晴れた環境と心をというお告げかも 頑張ろう_f0234936_18575208.png

一つひとつのアプリを終了する必要があって、手間がかかります。

 パソコンで使いもしないアプリが開いていると、その分他の作業が遅くなるため、こうやってアプリを終了する上に、最近では、

昔の仕事で使ったアプリ 片づけて雨上がりの湖のように晴れた環境と心をというお告げかも 頑張ろう_f0234936_18582095.png

この三つのアプリケーションは、毎回パソコンを起動するたびに終了した上で、「Dockから削除」もしているのですが、にも関わらず、パソコンを起動するたびに亡霊のように開いた状態で現れるのです。

 皮肉なことに、わたしが仕事で昔から今まで最もよく利用しているMicrosoft WordはなぜかDockに現れないというのにです。ちなみにその理由はおそらく、最近では作業中にワードがあまりにもしばしば凍結して、そのためにパソコン全体の作業が遅くなるために、使わないときにはすぐにドックから削除しているからだと思います。わたしが今使っているワードは、2017年1月に学校の仕事での必要からMacBookを購入した際に買ったMicrosoft Officeのパッケージに含まれていたもので、そのワードを後に購入したiMacにもインストールして使っているのですが、そのサポート期限が切れてから、作業中に凍結することが増えました。新たに買い直す必要を感じつつも、外国語学校のOffice 365にアクセスすれば、オンライン上で最新版のワードを使うことが可能で、オンラインで作業している間にパソコン内のワードも再び使えるようになることが多いので、つい購入を先延ばしにしています。オンラインでそのまま保存すると、印刷する際にレイアウトがずれたり書式設定が変わってしまったりして、そのまま日本語の授業では使えないものになってしまうため、オンラインのワードだけを利用するのははばかられます。今この記事を書いていて、オンラインのワードでも授業で使えるプリントを作れる方法を模索するか、ワードの買い切りのソフトを購入するかのどちらかに決めないと、アプリが凍結して作業が遅くなり、失われる時間が多くなることに気づきました。けれども、どうやらイタリアではワード単体では購入できず高額のMicrosoft Officeを買わざるを得ないようです。日本語とイタリア語が混在し、ルビを振ったり表を多用することの多い日本語の授業のプリントを作るために使うワードは、オンライン版ではなく買い切り版が必要なのですが、エクセルやパワーポイントについては、学校のOffice 365を通じて無料で使えるオンライン版で間に合っているので、やはり悩むところです。iMacにもともと内蔵されている文書作成ソフトのPagesであれば、自動で更新されてサポートが続くようで、Wordとも互換性があるようですから、今後は、Pagesの使い方を学んで、日本語の授業のためのプリントはPagesで、日本語やイタリア語、英語など、それぞれの言語だけで書く文書の作成にはオンラインのワードを使うという方法を検討してもいいかと思います。好んでWordを使っていたのは、仕事上、学校や企業、役所などに文書を送る際に相手方も問題なく読める文書であるからなのですが、日本語の授業のプリントについては、他の人と共有する必要はまずありませんし、生徒に添付して送る場合でも、印刷の際などに形式が崩れないようにPDF文書に変換して送っているので、ワードにこだわる必要は、特にないのです。Pagesをきちんと使えるようになるまでには時間がかかるでしょうし、Pagesでは思うようなプリントができない可能性もありはするのですけれども。

 閑話休題。

昔の仕事で使ったアプリ 片づけて雨上がりの湖のように晴れた環境と心をというお告げかも 頑張ろう_f0234936_19345771.jpg

 今年6月までしばしば使っていたグーグルクロームとエクセルのアイコンはともかく、どうして数年前に数か月利用しただけで後はいっさい使っていないクイックタイムプレイヤーのアイコンまでデスクトップに現れたのか。(上のスクリーンショットにはそのアイコンがないのは、スクリーンショットを撮る前に三つの不要なアイコンはドックから削除したからです)

 実はつい最近まで、このドックは画面の右端ではなく下部にありました。下部にあると、画面は横に長いため、いくらドック上のアプリが多くても、作業の邪魔になることがなく、不要なアイコンがあったのに、あまり意識していなかったのだと思います。

 つい最近になってデスクトップの壁紙に6月の聖ニーロ巡礼の旅の際に撮った写真を選んだら、後方に写る橋も残すためには写真全体を切らずに使う必要が生じたので、結果としてデスクトップの左右に縦長の空白(色は青いのですけれども)ができたので、ファイルはすべてその空白に配置しました。そうして、以前のようにドックを下に置いたままだと、わたしの顔の下方が隠れてしまうので、ドックを右端の空いた部分に配置しました。

昔の仕事で使ったアプリ 片づけて雨上がりの湖のように晴れた環境と心をというお告げかも 頑張ろう_f0234936_19462305.png

 そうすると、画面の下よりも右脇の方が目に入りやすいために、使わないアプリケーションがドックに並ぶのが目につくようになった上に、例えばエキサイトブログの自分のブログから管理画面を開きたいときでも、不要な三つのアイコンが並んでいると、「設定」や「投稿」の文字をクリックできないなど、不要なアイコンが邪魔になる機会が増えました。

 それでそれ以後は、起動するたびにこの三つのアプリケーションを終了、削除しているのですが、それまでは長い間、あってもなんとなく放置していたために、今でもこんなふうにしつこく、終了しても削除しても現れるのだと思います。


 7月に苦労していたパソコンの写真の外部ハードディスクへの移動は無事に成功し、iMacのストレージの空き容量が格段に増えて、作業がしやすくなったのですが、外部ハードディスクに移動した写真の中には、ブログの記事に取捨選択して使うためにと必要以上に撮った不要な写真がたくさんあります。その不要な写真を取り除けば、同じ外部ハードディスクに、MacBookに保存している写真も移動してまとめることができるので、写真の検索もMacBookでの作業も早くなるはずなのですが、いったいいつになりますことやら。


 8月に『あなたの人生片づけます』を読み返して、「思いきって片づけなければ」とお尻に火がついたのですが、夏はあちこちに出かけたり来客があったりと慌ただしくもあり、気ばかりは焦るものの、行動に移せていません。

 起動するたびに不要なもう使わないアプリが三つも、削除しても削除しても現れて、それが作業の邪魔になったり、今必要な作業を遅くしたりするというのは、もう考えても仕方のないことを思い起こして時間を無駄にし、本来するべきことに集中力して取り組めないことや、家の中に不必要なものが多々あるために、必要なものを探そうとするのに時間がかかり、気持ちも人生もすっきりしないことと、愛通じるものがあるように思います。

 まだしばらくはこの三つのアプリが現れ続けることでしょうが、このアプリを終了し、ドックから削除しながら、この三つのアプリは「片づけなければいけないのに片づけられていないもの、捨てるべきものなのに捨てられていないもの」や、「するべきなのにすぐに取り組めていないために心にかかって心や集中力を曇らせているもの」の存在をわたしに突きつけてくれているのだと考えて、家もするべきこともさっさと片づけていかなければいけないと、そんなふうに考えています。

 考えるよりまずは行動で、例えばパソコンや外部ハードディスクにたまり続ける不要な写真も、旅行から帰ったらすぐに記事を書いてしまえば、その際にかなりの写真は削除して整理してしまえるのですが、この夏はそれを殊更に意識してはいても、6月下旬の聖ニーロのプチ巡礼と7月のアブルッツォ旅行について、まだ書きたい記事をすべて書き終えることができていません。

昔の仕事で使ったアプリ 片づけて雨上がりの湖のように晴れた環境と心をというお告げかも 頑張ろう_f0234936_20090672.jpg
Bolsena (VT), Lazio 23/8/2025 16:14

 先週土曜日、昼食後に訪ねたボルセーナ湖(Lago di Bolsena)では、その北東の端の美しい村、ボルセーナ(Bolsena)に着いてまもなく雨が降り始め、傘を片手に歩き始めたときには、空が暗い雲に覆われて時には稲光も見え、雷も鳴っていたのですが、

昔の仕事で使ったアプリ 片づけて雨上がりの湖のように晴れた環境と心をというお告げかも 頑張ろう_f0234936_20115025.jpg
17:40

散歩を続けるうちに雨がやんで空が晴れ、それまでは人の少なかった岸辺へと、大勢の人や車、バイクが次々にやって来ました。あんなに暗かった湖が太陽の光にきらめきました。

 パソコンや家の中や、「あれもしなければ、これもしなければ」と思いつつ実行に移せずに曇った心も、次々に片づけていくことですっきりして、新しい光、うれしいことが入ってくることでしょう。頑張ります。


↓ 記事がいいなと思ったら、ランキング応援のクリックをいただけると、うれしいです。
↓ Cliccate sulle icone dei 2 Blog Ranking, grazie :-)
にほんブログ村 海外生活ブログ イタリア情報へ  

by milletti_naoko | 2025-08-26 20:19 | Lazio | Comments(0)