イタリア写真草子 ペルージャ在住、日本語教師のイタリア暮らし・旅・語学だより。

今を生きよ 片づけと人生・思い出 なおみちゃん、ありがとう

 今朝、ひょんなことから本棚から手に取った小さな本は、

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『Cogli l'attimo!』、「今を生きよ!」という題名のもと、今ここに生きる大切さとその必要性を語る名言を集めた本です。

  イタリア時間で今朝3時に起き出したものの、午前4時前に始まり7時頃に終わった全米オープンの準決勝では、残念ながらなおみちゃんは敗退したのですが、今回は最後まで毅然として試合に向き合っていて、その姿がうれしかったです。少し集中力を欠いてミスをしただけで、その後の試合の流れが大きく変わってしまうのを見て、「今ここ」に集中することの大切さを改めて感じました。

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https://www.supertennis.tv/News/Slam/Osaka-Muchova-interviste-Us-Open-25

 昨日の試合前に読んだこちらの記事に、「テニスをするのが楽しく大好きで、今は勝ち負けにとらわれず、一瞬一瞬を楽しみたい」という大坂なおみ選手の言葉が紹介されていて、わたしもそんなふうに人生や仕事に向き合いたいと思いました。そうして、昨日の対戦前も対戦中も、イタリアの解説者がその言葉を引用していました。



 今を生きるためには、もう使わない昔のものに埋もれて暮らしていてはいけないわけで、先日再読した『あなたの人生、片づけます」に触発されての、断捨離と言えるほどまでにはまだ及んでいない片づけを、今も続けています。

 処分しようと本棚の本を手に取っても、買ったときや読んだときのことを思い出し、本の片づけが「わたしの人生の片づけ」につながっていることを実感します。同じお金を払っても、映画であれば鑑賞して感動や学びを得て「はい、おしまい」なのですが、本は残ります。けれども、『あなたの人生、片づけます』のように再び読み返して学びを与えてくれる本もあれば、もう2度と読まないであろう本もあり、読む気もない本がもう長い間、本棚に鎮座していました。

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 そういう本を次々に処分した中に、このフランス語の小説、2冊があります。フランス語は表記と発音の乖離が甚だしいので、リスニングと発音は難しいのですが、文法はフランス語と共通点が多く、語彙はイタリア語・英語に似た言葉が多いので、イタリア語と英語の本を多数読み慣れているおかげで、入門の段階でも、外国人や子供向けに書き直されていない原書を意外と読んで理解することができました。上の写真の2冊、カミュの『異邦人』と、サガンの『悲しみよこんにちは』は、フランス語を勉強していた10年ほど前に、フランス語学習のために読んだものです。

 この2冊は世界の名作と知りつつ読んでいなかったこと、本が薄くそれほど長くないことから購入して読んだのですが、どちらも主人公や登場人物があまりにも理不尽な状況に追い込まれ、恐ろしい悲劇に終わっていて、まさかそんな内容とは思わずに読み進めていたので愕然としました。『悲しみよこんにちは』については、わたし自身の年齢から、主人公よりもむしろその父親の恋人に感情移入して読んでいました。主人公である少女が父の恋人に嫉妬して起こした行動が原因で、少女と父を心から大切にしてくれたその女性が命を落としてしまうため、「悲しみよこんにちは」という題名は、その後一生少女の心について離れないであろう深い罪悪感と懺悔の思い、悲しみを表しているのでしょうが、一言で「悲しみ」とは言い切れない、業の深い恐ろしいものだと感じました。

 近年、できるだけ悲劇に終わるものは読みたくない、読書は楽しみたいと考えているわたしは、この2冊は2度と読まないでしょうし、紙の質が悪くページにしみもあるので、すぐに紙のゴミ箱へと持っていきました。

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 そうして、そうやって本箱や紙類を整理していたら、こちらの絵はがきが出てきました。夫とつきあい始めてまだ2、3か月経ったばかりという頃に、トスカーナ州のアッペンニーニ山中にあるラヴェルナ修道院とカマルドリの庵をいっしょに訪ねたときに購入した絵はがきです。

 わたしがラヴェルナ修道院とカマルドリの庵を訪ねたのは、このとき、2024年5月26日に夫と行ったのが初めてです。山の家があるミジャーナや、義母がかつて家族と暮らし、わたしも夫と二人で1年ほど住んだことのあるレスキオにはすでに連れて行ってもらっていたのですが、いずれも夫にとって特に大切な場所だったので、わたしにも紹介してくれたのでしょう。



 この2枚の絵はがきの裏には、そのとき、どんなふうにラヴェルナとカマルドリを訪ねて、夫がどんなことを言い、わたしがどんなふうに感じたかが、日記のように詳しく、どういうわけかイタリア語で書いてあります。ラヴェルナ修道院よりもむしろ森にこそ聖フランチェスコの魂に近く、聖人が心を寄せて祈りや瞑想に過ごした場所なのだということは、あれから21年経つ今までの間にいろいろな本を読み、アッシジの聖フランチェスコゆかりの場所を数多く訪ねて、わたし自身がそう感じているのですが、それは初めてラヴェルナを訪ねた2024年5月に、すでに夫から聞いて印象に残り、絵はがきに書き記していたことなのだと分かり、新鮮な驚きを覚えました。



 夫とつき合い始めてから半年ほどの間は、悲しい思い出になったら辛いからと、写真などをいっさい撮らなかったこともあり、この絵はがきは当時の貴重な思い出として、これからも大切に取っておくつもりでいます。

 この2枚を見つけたのは数日前だったのですが、慌ただしくしていたので、絵はがきの裏に書いていた言葉は今朝になって初めて読みました。そうしたら、冒頭の写真にある『今を生きよ!』の名言集は、わたしがこの初めてのラヴェルナ訪問時に修道院の土産物屋で、1冊は自分のために、もう1冊は夫のためにと、2冊買っていたことが分かったので、この名言集を久しぶりに手に取ったのです。


 そうして久しぶりに手に取った『今を生きよ!』の本を開くと、

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本の扉には2004年5月26日水曜日という日付と、「ルイージとラヴェルナ修道院を訪ねて周囲を散歩した思い出」という言葉があり、そのとき初めて見たラヴェルナの修道院と森、岩壁を描いたわたしの絵もありました。

 片づけていくと、人生で不要なものを削ぎ落としていって、大切なものを改めて掘り起こすことができるのだと、こういう言葉と絵を本の扉にかいたことをすっかり忘れていたわたしは、そう思いました。

 そうして、今を生きよう、しっかり片づけて人生でしてみたいことや自分にとって大切なものをはっきりとさせようと、決意を新たにすることができました。


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Commented by Cecile at 2025-09-06 01:51
Be present. 大切なメッセージをありがとうございます♪
約15年間に亘って綴っていたブログが消失してしまい、それも人生だなと思っていたところ。そして”悲劇の結末の本は読みたくない”という想いに、納得です。
Commented by bondgirl123 at 2025-09-06 14:55
こんにちは^_^
今回の記事とは、別に歯医者さん関係で、コメントします。
歯は痛くなったり腫れたりしたら、直ぐに治療に行った方が良いかと。
私も奥けら二番目の歯の神経が良くないので、何ヶ所か、歯科医院に行きまして、インプラントにしたら❓と言われましたが、インプラントの予後があまり良くない事例があり、ゴットハンドの所に行きました。
一つの歯を分割抜歯して、小さいブリッジになりました。自費治療にしましたが、保険治療でも良いかも。
色々な治療法があるから、セカンドオピニオンもありかしら。お大事になさってください。
Commented by nonkonogoro at 2025-09-06 15:09
サガンの小説は 私の若い頃 流行したので
3冊持っています。 今探したら見つからなかったので
処分したのかなあ~~

文庫本の表紙は やはり当時流行していた
ベルナール・ビュッフェの絵でした。

Commented by meife-no-shiawase at 2025-09-06 20:04
なおこさん♪

ラヴェルナ修道院やカマルドリを訪ねられたときの絵はがきのお話、とても印象的でした。

20年前に書かれていた言葉や絵を、片づけの中でふと再び目にすることで、当時の気持ちやご主人と過ごされた時間がよみがえる…そういう瞬間は特別ですね。

写真とはまた違って、当時の空気や心の動きまで伝えてくれるように思います。

「悲しい結末のは読まない」という選択も素敵だなと思いました。
本って不思議で、その時々によって求めるものが違ったり、同じ本を読んでも感じることが変わったりしますから、処分するときに迷ってしまう気持ち、すごくよく分かります。

私も最近引っ越しをして、思い切って処分しようと思ったのに、結局ほとんど持ってきてしまいました。特に料理の本は今はほとんどお料理をしていないというのに「いつか作るかも」と思って手放せませんでした。(-_-;)。
Commented by milletti_naoko at 2025-09-09 18:17
Cecileさん、なんと日々つづられていた15年にもわたる思い出や人生の記録が消失してしまうとは!
ブログ運営をやめる企業も次々に出てきているので、わたしも他人事ではありません。
余暇で楽しむ映画や本はせめて気持ちが落ち込んでしまうことのない明るい結末のものであれと思うのです。読んでいたら実は悲しいできごとや主人公の死に行き当たるということもあるのですが、ちょうど推理ドラマのように、その悲劇性よりも人生の推移や機微、哲学の方に重点を置いた作品であることが多いのが救いです。
Commented by milletti_naoko at 2025-09-09 18:30
bondigirl123さん、こんにちは。おっしゃるとおりだと思います。
あれこれ悩まれてお医者さんを回った末に、ここだという治療が
できる医院が見つかって本当によかったですね。
お話、参考にさせていただきます。ありがとうございます。
Commented by milletti_naoko at 2025-09-09 18:37
のんさん、なんとお若い頃にサガンの小説が流行していたとは! 同じ悲劇に終わる小説でも、例えば太宰治の『人間失格』は好きなのですが、この小説、高校生に勧める一冊に入っていたことも多く、読むならここまで重くないもののほうがいいような。ヘッセの『車輪の下』もやはり悲劇には終わりますし、漱石の『こころ』にせよ、名作にはそういう作品が多いのでしょうか。
Commented by milletti_naoko at 2025-09-09 18:48
メイフェさん、ありがとうございます♪
本棚の本に挟んであって、ずっとあったのに長いこと見る機会がなかった大切な絵はがきを、改めて見て思い返すきっかけができて、本当によかったです。あのときのことはよく覚えていたように思うのに、それでも忘れたことが多々ありました。

わたしは幼い頃から、『まんが日本昔ばなし』でも、夏に放映される怪談を見るとこわくなってそれがまぶたに浮かんでその怖い印象が心に残って眠れなかったんです。日本でも世界でもいわゆる名作は悲劇に終わるものが多いので、小説はそういうものもよく読んだのですけれども、今は映画はホラーやスリラー、暴力的な場面の多い作品は見るつもりがありませんし、あまりにも悲劇的なものは前もって分かれば避けています。本でも映画でも読んだり見たりしていると実は悲劇に終わるということはたまにあるのですけれども。

視覚情報から入るものはさらになのですが、心が読むもの、見るものの影響を受けてしまいやすい性質なのだと思います。

本の処分は難しいですよね。長い間読んでいなかったのに、久しぶりに手に取って読んでみた作品、初めて読んで感動する作品というのも、少なからずありますから。台湾はおいしいものがたくさんありますし、メイフェさんもご多忙ですから、お料理をする時間を取るのも難しいことでしょう。それでも「作ってみたい」と思う料理の数々が並ぶ、きっとすてきな料理の本なのでしょうね。

by milletti_naoko | 2025-09-05 22:01 | Film, Libri & Musica | Comments(8)