イタリア写真草子 ペルージャ在住、日本語教師のイタリア暮らし・旅・語学だより。

聖フランチェスコをクリスティッキ語る『Franciscus』を見に山あいの村サンタ・ソフィーアヘ

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 先週の木曜日、3月5日に、夕方仕事を終えて帰宅した夫と共に、エミリア・ロマーニャ州の山あいの村へと、夕日が傾いて沈み暗くなっていく中、

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5/3/2026

車を2時間走らせて向かったのは、アッシジの聖フランチェスコ(San Francesco d'Assisi)を語るシモーネ・クリスティッキ(Simone Cristicchi)の舞台、『Franciscus: Il folle che parlava agli uccelli』を鑑賞するためでした。





 
すべての人を、生きとし生きるすべてのものを平等にとらえて慈しんだという点で、聖フランチェスコの考えと生き方は革新的なのです。


 舞台で語られ演じられ、心を打った多くの言葉の中で、特に印象に残ったのがこの言葉でした。おごれる人間が自然を破壊し、同じ人でありながら戦って殺し合う、そういう今の世相と重ねながら語られたので、なおさらのこと。

 町を歩いて人々からぼろ切れ(cencio)を集め、そのぼろ切れを利用して紙を作ることをなりわいとする、その名もチェンチョ(Cencio)が、町中で声を上げてぼろ切れを集め、同じく布を扱うけれども裕福な商人、聖フランチェスコの父親とまだ金持ちの息子としての生活を楽しんでいたフランチェスコのうわさをを語る場面から、舞台は始まります。チェンチョの口からは自身の人生と当時のアッシジの町の様子と共に、その時々のフランチェスコの人生、例えば、友人たちと飲み歩き、騎士になることを夢見て戦に行こうとするといった行動が町の人々から聞いたうわさとして、チェンチョ本人の感想と共に語られます。

 シモーネ・クリスティッキがこんなふうにチェンチョを演じる場面と、チェンチョを演じるためにかぶっていた帽子や衣服を脱ぎ去って、クリスティッキ自らが聖フランチェスコの人生や聖人やその生きた時代、現代について思うことを述べたり、ギターを片手に歌ったりする場面があり、舞台は、そうした場面が交互に繰り返されるという形で進んでいきます。



 わたしがアッシジの聖フランチェスコの人生に初めて触れたのは、1999年の夏、初めてアッシジを訪ねたときに、ツアーガイドから10ユーロで聖人の人生を語るミュージカルが見られると聞いて、郊外のリリック劇場で『Francesco - Il Musical』を鑑賞しに行ったときのことです。その日は、おそらく聖フランチェスコ大聖堂を訪ねて、ジョットのフレスコ画を通して聖フランチスコの人生についても聞いていたはずです。渡辺和子さんの著作でも聖フランチェスコについては読んだことがありました。けれども、この日、アッシジの劇場で、聖フランチェスコの人生やその苦しみ、喜び、祈りを語るミュージカルを見たおかげで、その生き方に心を打たれ、すばらしい人だと心から感動したのです。その後、イタリアで聖フランチェスコの人生を語る映画や舞台、番組はいくつも見る機会がありましたが、わたしが一番好きなのは、今もやはりこのミュージカルです。

 けれども、クリスティッキの舞台はそれとはまた違った意味と手法で、聖フランチェコの人生や生き方、中世や現代の世界の在り方、人類の目指すべきもの、わたしたち自身がどんなふうに生きていくべきか、そういうことを深く考えさせてくれる、すばらしい舞台でした。イスラム教のスーフィーズムには、聖フランチェスコの生き方や思想に通じるものが多いということを、わたしたちは知っていましたが、この舞台を通して初めて知って、イスラム教や信仰する人々への考えを少しでも改めた人もいるのではないかと思います。




 サンレモ音楽祭で大賞を受賞したこともあるシモーネ・クリスティッキについて、かつてわたしは受賞曲だけを知っていたのですが、11年前にトラジメーノ湖畔の村、モンテ・デル・ラーゴの文通まつりで、その舞台、『Lettera dal Manicomio』(精神病院からの手紙)を見て、かつて精神病院の患者たちが置かれていたあまりにも恐ろしい状況と残酷な差別、扱いを知って衝撃を受け、心から感動しました。サンレモ音楽祭の優勝曲も、この舞台を見たあとでは、心に響く重さと深さがまったく違ってきます。



 患者に対する自らの残酷な行為に気づかない医師や看護士、そういう状況を放置し続けた社会。そういう差別や問題は、違う形で今も生き続けているのではないかとわたしたちに訴え、人間同士が同じ人として思いやりを持って生きていくことの大切さをこの舞台は教えてくれたのですが、先週見た『Franciscus』もまた、聖フランチェスコの人生を通して、わたしたちのあるべき生き方を教えてくれたように思います。シモーネ・クリスティッキは、上の記事がきっかけてペルージャのパブでコンサートがあったときに会うこともでき、また、その後もサンレモ音楽祭の歌や、カトリック教会のチャンネル、TV2000の番組で歌や舞台に深く感動することが多かったので、フランチスクスの舞台がもう数年行われていて、イタリア中部での今年の公演はこの晩の公演が最後らしいと知り、平日の夜ではありましたが、見に行ったのでした。

 購入サイトではすでに満席となっていたのですが、劇場に電話すると、キャンセルした人がいたおかげで、幸い予約できる席があったためです。

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Santa Sofia (FC), Emilia-Romagna

 サンタ・ソフィーアは、国立自然公園に近いため、今までも友人たちとの山歩きに行く途中に、通ったことや立ち寄ったことがありましたが、山中のつづら折りの道をひたすら車で上ったり下ったりした末にある遠い町という印象がありました。

 夫は最初、舞台を見たあと車でペルージャに戻るつもりでいたのですが、仕事が終わったあと、車を2時間運転して9時からの舞台を見て、そのあとでさらに最初につづら折りの道が長く続く帰り道を車で戻るのは大変だからとわたしが説得して、1泊することになりました。サンタ・ソフィーアへとスーペルストラーダを降りて山中の道を走ると、真っ暗で外灯もなく、さらに霧が深い中、つづら折りの道を走るのは大変だったので、夫も運転しながら「これは今晩帰るなんて無理だった」と言っていました。

 サンタ・ソフィーアの中心街には空室のある宿が見つからなかったため、サンタ・ソフィーアを通り抜けてさらに10分ほど山中を走った先にある小さな集落のB&Bを予約していました。途中、道路工事による渋滞もあったため、到着が予定時刻よりも遅くなり、宿は部屋だけ確認して、荷物は運ばずにそのまま劇場へと向かいました。午後7時45分に開くと聞いていた劇場の切符売り場が開いているように見えたので、7時半過ぎに尋ねると、「まだ早いですが、販売してもいいですよ」とのことで、切符を購入できました。劇場では、すぐ前に座高がひどく高い人が座っていたために、鑑賞しづらかったのが残念でしたが、キャンセルした人がいたおかげで、見ることができてよかったです。

 劇場のすぐ前にピザ屋があって、すでに営業中だったので、「あの店で夕食を食べたら9時からの舞台に間に合うでしょうか。」と、夫が切符を販売する人に尋ねると、「あの店は遅いので、左手の道を行ったすぐ先にあるクレッシャやピザが食べられる店の方が、早く食べられますよ」と教えてくれました。

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 けれども夫は、早く食べ過ぎて待ち時間が長くなっても困るからと、劇場のすぐ前にある店に入りました。サービスが本当にゆっくりで、それほど人がいるわけでもないのに、注文を取りに来るのも、頼んだ水とビールが運ばれてくるのもひどく遅かったのではらはらしました。ピザが運ばれてきたのがなんと8時半で、ピザはおいしかったのですが、食べ終えてすぐに会計を済ませて劇場に向かわなければならず、慌ただしかったです。

 この日はペルージャの家を出る前にウォーキングを終えていて、しっかり食べる必要はあったのですが、食べるのが遅くなったため、低脂肪で高タンパクの牛赤身肉の生ハム、ブレザオラとルーコラ、チーズのピザを注文して食べました。

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 駐車場から劇場へと向かうときにも帰るときにも、町を流れる川に沿って歩き、川にかかる橋を渡りました。

 クリスティッキの舞台の題名には、「鳥に話しかけていた狂者」(Il folle che parlava agli uccelli)という副題があります。舞台では、当時近づくことも恐れられ忌み嫌われていたハンセン病を患う人々の中に入っていって、飲食を共にし、人々を抱擁し、鳥や動物たちに語りかける聖フランチェスコの様子が語られて、「どんな人も動物も、すべての生きるものは聖フランチェスコにとっては上下などなく、同じ土俵に立つと考えていたのです」というクリスティッキの言葉が続きました。

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 そして、聖フランチェスコが行く先にたくさんの鳥たちがやって来たことに加えて、聖人が亡くなったときには、大地を揺るがすほどの動物たちが最後のあいさつをしに訪れたという言葉もあったように覚えています。

 サンタ・ソフィーアを流れる川には、たくさんの鳥たちがいて、

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帰り道にはその言葉も思い起こしながら、川辺の鳥たちを見やりました。

 

 実は、このクリスティッキの舞台の公演は数年前からあり、わたしたちがアッシジに聖遺骨の拝謁に出かけた頃に、ペルージャでも数日、公演があったのです。それなのに、まったく知らずにいました。

 舞台がすばらしかったという情報を聞いて夫が調べたときには、イタリア中部での公演はこの3月5日のサンタ・ソフィーアの劇場が最後で、「この機会を逃したら、もう見られないかもしれない」と夫が言い、すぐに切符を予約して、話し合った末に宿も取り、金曜日には有給休暇を取って泊まりがけで見に行きました。

 夫は最初、金曜は朝少しだけ町を訪ねたらペルージャに戻り、午後はいつもの仲間とテニスの練習試合をしようと考えていたのですが、2時間もかけて宿泊もして行くのだから出かけた先でゆっくり過ごしましょうとわたしが言い、翌日はサンタ・ソフィーアと近くの村を散策しました。自然も美しく町にも風情があり、舞台をきっかけに訪ねることができてよかったです。


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Commented by romantic-caramel at 2026-03-14 14:22
なおこさん

ごぶさたでした。
ちょっと体調不良が続いておりました。
年には勝てませんね😢

とっても素敵なひと時。
サンタ・ソフィーアや近くの村の散策も
素敵だったでしょうね。
いつも羨ましく拝見しています。
どうぞ、また佳い日々をー☆
Commented by katananke at 2026-03-16 18:26
聖フランシスのことは 学校がミッションスクール(プロテスタント)だったので
裕福な家庭に生まれたのに 神の啓示を受け
修道士になり 靴も履かずに 冷たい修道院の中をあるき清貧に甘んじ 鳥とも言葉を交わし
人も動物も鳥も 花とも?会話をたのしみ、、
みたいな生活を送った聖人といううろ覚えの記憶があります〜
ただ 普通には英語のクラスで なお子さんの
聖骸を見に行かれた話をしても
みなさま ご存知なかったです〜残念なことですが 少しは他の方にも知ってもらえてよかったです〜
Commented by milletti_naoko at 2026-03-16 20:44
ノイエさん、それは大変でしたね。
季節の変わり目は体調を崩しやすいですよね。
どうかくれぐれもお大事にお過ごしくださいませ。

ありがとうございます。公演をきっかけに、風情ある
村と美しい散歩道を発見できて、よかったです。
Commented by milletti_naoko at 2026-03-16 20:51
katananke05さん、カトリック教だけではなく、
プロテスタントでも知られて、学校でも教えられるとは!

遠い日本からではだからと言ってアッシジを訪問することが
難しいですものね。わたしも聖遺骨の拝謁は日本語でどう
訳したらいいのだろうと思って、日本のカトリック教会など、
公的な記事を探してみたのですが、そのときは結局見つからずに
終わりました。
by milletti_naoko | 2026-03-13 21:21 | Emilia-Romagna | Comments(4)